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画家のキャリアは何歳がピークなのか?
~90歳を超えても現役のピカソとシャガール

ある程度成功した画家には、長命の人が多いような気がします。シャガールは97歳、ピカソは91歳、ミロとキリコは90歳と、現代日本の感覚でも長寿をまっとうしています。少し時代をさかのぼっても、ドガが83歳、モネが86歳、ルノワールが78歳と、当時の平均寿命から考えると、かなり長生きです。
とはいえ、画家は死ぬ間際まで絵を描き続けるものでしょうか。年齢と創作意欲はどれほど関係するのか、調べてみました。

 

一般に、アーティストは、天才であればあるほど夭折するイメージがあります。酒や薬物など、不摂生な生活がたたって27歳で亡くなったジャン=ミシェル・バスキアや、エイズにかかって31歳でこの世を去ったキース・ヘリングがその典型例でしょう。

 

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▲キース・ヘリング「Pop Shop III」
 
古くから、酒と薬物におかされて35歳でこの世を去ったモディリアーニや、37歳で自殺したゴッホのように、破滅型の人生をおくる芸術家の名声は高まる傾向があります。しかし、そのような死が有名になるのは、珍しいからこそです。97歳まで生きたシャガール、享年91歳のピカソのように、天才といわれた画家であっても、たいていは私たちと同様、健康に気をつけて平穏な人生を送っています。

 

では、長く生きた画家は、死の間際まで現役で絵を描き続けるのでしょうか。その答えはイエスです。ピカソもシャガールも、身体が衰弱して絵筆を持てなくなるまで、絵を描いていました。マティスのように、絵筆を持てなくなってからは、切り絵に移行して創作を続けた画家もいます。モネは、白内障で色の見え方が変わってしまったために、黄色味や赤味がかった絵をいくつも残していますし、ルノワールに至っては、リューマチで動かなくなった手に絵筆を縛りつけて描いていたとの伝説があります。

 

そのようにして描かれた画家の晩年の絵は、若い頃と同様に高く評価されているのでしょうか。いちがいにはいえませんが、たいていの画家の最晩年の絵は、全盛期に比べると、それほどの評価はされていません。年を取ると、気力も体力も萎えるとの一般的なイメージが邪魔をしているのか、それとも本当に創造力も想像力も衰えてしまうのかわかりませんが、晩年の絵が代表作となる作家は多くありません。

 

たとえば、ピカソの代表作「アビニョンの娘たち」は25歳の作品、「ゲルニカ」と「泣く女」は55歳の作品です。シャガールの場合も、「私と村」は23歳、「七本指の自画像」は25歳、「誕生日」は27歳と、有名な作品の多くが、若い頃に描かれています。キリコにいたっては、ある時期から、若い頃に描いていた絵画の自己模倣をはじめました。それらの絵が市場に求められていて、高く売れたからです。描いた時期をさかのぼってサインしたこともあったと言われています。

 

もちろん、例外もあります。マティスが82歳で作った切り絵の大判画「王の悲しみ」(292×386cm)は、マティスの切り絵の代表作として、パリ国立近代美術館に収められた傑作です。モネの「睡蓮の池」の連作も、70代から80代にかけて延々と描き続けられて、モネといえば「睡蓮」と言われるほどの代表作になりました。
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▲マティス「王の悲しみ」(『ヴェルヴ』に収められたリトグラフ版)
 
年を取ってもクリエイティブでいられるかどうかは、人によるのかもしれません。ピカソもシャガールも、他人に評価されるかどうかはともかく、最後まで創作意欲の衰えない画家であったと、私は感じています。

 

年を取ってなお盛んで知られるのが、2017年現在102歳の現役画家、カルメン・ヘレラ(Carmen Herrera)です。1915年にキューバに生まれたヘレラは、アメリカ人男性と結婚して、ニューヨークに移住した1940年代から絵を描きはじめます。しかし、女性であったことや、外国人であったことなどがわざわいしたのか、画壇に認められることはありませんでした。

 

ヘレラはかまわずに描き続けました。その作風は、次第に、フランク・ステラやリチャード・セラのような、ミニマル・アートに近づいていきました。若い頃に建築を学んでいたヘレラにとって、ミニマル・アートのまっすぐな線や幾何学的な模様は、自分の生理にあった心地よいものだったからです。1960年代、アメリカの美術界ではミニマル・アートが流行していましたが、ヘレラはやはり評価されませんでした。女性の画廊主から「あなたの作品は良いけれども、女性だから個展は開けない」と言われたこともあったそうです。当時のアメリカでは、黒人差別や女性差別の撤廃を訴える公民権運動が盛んで、それだけ差別が根強い時代でした。

 

やがて、ミニマル・アートがすたれてからも、ヘレラは独自の作風で創作を続けました。ようやく彼女が認められたのは、2004年、89歳になってからのことです。時流に流されずに絵を描き続けるヘレラにスポットが当たり、ニューヨーク・タイムズの一面に記事が掲載されました。以降、102歳になる現在まで、ヘレラは美術界の人気作家です。ニューヨークの近代美術館やロンドンのテイト美術館が彼女の絵を認めて、購入しています。

 

私が、ヘレラの話を聞いて思い起こすのは、藤田嗣治です。藤田もまた、日本画壇に認められず、フランスの田舎町に隠棲してから、81歳で亡くなるまで、みずからの心に従って数多くの佳作を生み出しました。
 
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▲メゾン・ド・アトリエ フジタ(フランスの田舎町ヴィリエ・ル・バクルにある藤田の家)

本物のアーティストは、年齢に関係なく、おのれの信念に従って道を切り拓いていくものだと、しみじみと感じさせられました。

 

 


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