有名画家の子孫は何をしているのか？（その1）
～遺産の管理に追われるゴッホとピカソの系譜

第126代天皇陛下の即位の礼が行われた令和元年も終わり、令和二年の幕が明けました。
日本の天皇家は万世一系と言われ、紀元前660年から血統が絶えることなく続いているとされています。
ですから西暦2020年の今年、令和二年は、初代の神武天皇即位から数えて皇紀2680年になるのです。
現存する世界の王家のうち、日本の次に古いデンマーク王室が10世紀頃の発祥で、その歴史がおよそ1000年であることと比べれば、日本の皇室の長さは特筆ものです。
日本人が家系、そして先祖や子孫を大切にするのは、このような文化背景にもよります。
今回は画家の子孫について調べてみました。

ゴッホの子孫に流れる血

2020年1月現在、上野の森美術館で開催中の展覧会が大好評のゴッホ。
2019年末からは映画『永遠の門　ゴッホの見た未来』が公開されるなど、毎年のように大規模展や映画が企画される人気作家です。
しかし生前のゴッホは絵が一枚しか売れず、生涯独身で最後は自殺するなど、名声とは無縁でした。ゴッホの評価が上がったのは、死後の子孫の努力によるものです。
子孫といっても独身のゴッホには子どもはいません。しかし、ゴッホをかげひなたに支え続けた弟のテオ（テオドール・ファン・ゴッホ）には子どもが1人いて、その子孫がゴッホの遺産を管理しているのです。
ゴッホは6人兄弟の長男ですが、次男のテオと最も仲が良く、終生、固い兄弟愛で結ばれていました。たとえば、ゴッホは16歳で伯父の経営する画商グーピル商会に就職しますが、4歳年下のテオも後を追ってグーピル商会の画商になりました。
そして、ゴッホが画家になるために職を離れた後は、ゴッホの描いた絵を会社で購入することで、その生活を支え続けました。

テオはとても兄のことが好きだったので、自分の息子に、兄と同じフィンセント・ファン・ゴッホという名前を付けました。ゴッホは、この甥の誕生をわがことのように喜んで、≪花咲くアーモンドの木の枝≫という絵を描いて送りました。
しかし、この年、ゴッホは37歳で謎の自殺を遂げ、その半年後にテオも病に倒れて、生まれたばかりの子どものフィンセントと妻を残して33歳で亡くなりました。最後まで固い縁で結ばれた兄弟でした。

ゴッホ
≪花咲くアーモンドの木の枝≫
1890（甥フィンセントの
誕生祝いに弟テオに贈る）

ゴッホの名声が死後に高まったのは、テオの妻ヨー（ヨハンナ・ファン・ゴッホ）の功績です。彼女はゴッホとテオの手紙をまとめて出版するなど、亡き夫と義理の兄の名声を高めるために尽力します。
テオの息子のフィンセントは機械工学を学んでエンジニアとなり、アメリカや日本などで働いた後、オランダに戻って経営コンサルティング会社を設立します。
母親のヨーが亡くなった後、ゴッホの遺産を受け継いだフィンセントは、ゴッホ財団を通じてゴッホのブランド価値を高めることに従事します。ゴッホ美術館の開館もフィンセントが各界に働きかけて実現したものです。

ゴッホの甥のフィンセントには4人の子どもがいました。このうち次男のヨハン・ファン・ゴッホの息子は、曽祖父と同じテオという名前を授けられました。ゴッホの弟のテオの曾孫に当たるこのテオドール・ファン・ゴッホは、テレビ局の映像プロデューサーとなりエッセイストとしても著名になりました。
しかし、2004年にイスラム批判の短編映画『Submission』を監督して公開したことで、イスラム原理主義者から脅迫を受けるようになり、同年、路上で刺殺されてしまいます。
ゴッホの家系は、やはり情熱的な人が多いようです。

最近、メディアによく出てくるのは、フィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホというテオの別の曾孫です。元弁護士で、現在はゴッホ美術館の運営に携わっています。

ピカソの子孫はどうしてる？

ピカソは3人の女性との間に4人の子どもを儲けました。
しかし、正妻オルガとの間にできた長男パウロ・ピカソは早逝して、3人だけが残りました。マリ＝テレーズの娘マヤ・ピカソと、フランソワーズ・ジローの息子クロード・ピカソと娘のパロマ・ピカソの兄妹です。
唯一の男子であるクロードは、フランスの裁判所からピカソの遺産の管理者に指名されて、ピカソ財団を設立しました。
クロードの妹のパロマは、ピカソの芸術的才能を受け継いだのか、ジュエリー・デザイナーとして成功しました。その作品はティファニーなどで売られています。

一方、2人の異母姉のマヤは結婚して家庭に入り、2人の子どもに恵まれました。オリヴィエ・ピカソとダイアナ・ピカソの兄妹です。
ピカソの孫にあたるダイアナは、現代アート（彫刻）の美術史家になり、サザビーズや博物館などで働きました。ピカソの彫刻のカタログも制作しています。

ダイアナ・ピカソ著
『Picasso: The Sculpture(ピカソ彫刻)』
Officina Libraria S R L

もう一人の孫のオリヴィエは、ピカソのドキュメンタリー映画に出資したり、ピカソについての書籍を著したりなど、祖父ピカソの広報活動に従事しています。

オリヴィエ・ピカソ著
『ピカソの私生活―創作の秘密―』
西村書店

また、早逝したピカソの長男には3人の子どもがいて、若くして自殺したパブリート・ピカソを除く2人の孫が、正妻の血をひく正当な後継者としてピカソの遺産相続を受けました。マリーナ・ピカソとベルナール・ピカソの姉弟です。

マリーナ・ピカソ著
『マイ・グランパパ、ピカソ』
小学館

弟のベルナールは、ギャラリーのオーナーなど美術業界で暮らしています。
一方、姉のマリーナは遺産を社会のために使う慈善活動家になりました。彼女は受け継いだ絵画を次々に売却して、そのお金をベトナムの小児病院や老人介護施設など恵まれない人々をサポートする活動に当てています。
その活動の一環で、マリーナはベトナム孤児の男の子を養子として迎え入れます。血はつながっていないものの、系譜上はピカソの曾孫にあたるフローリアン・ピカソです。
フローリアン・ピカソはDJ（ディスク・ジョッキー）として音楽業界では知られる存在となり、来日してクラブでレコードを回しています。墓の中のピカソも、アジア系の曾孫の登場にはさぞ驚いたことでしょう。