ピカソの本名はなぜ長い?
ピカソの名前は2種類ある―クイズ編
最も多作な美術家としてギネスブックにも記録されているピカソ。
ピカソの作品数が多いのは、幼い頃から91歳で亡くなるまでずっと絵を描いていたことと、その作風がリアリズムではなく、非常に手が早かったからだと言われています。
女性に対しても手が早かったのですが、それはまた別の話。
今回は、そのピカソの本名が非常に長かったと言われている件について調べてみました。
ピカソの本名を検索してみると?
『ピカソI: 神童1881-1906』白水社
みなさんは、なにか調べものがあるときにまずどうしますか?
多くの方は、最初にスマホを手に取って「ググる(検索エンジンのグーグルで調べる)」ことと思います。
最近ではグーグル以外の検索エンジンを使うのだとか、検索エンジンではなくSNSで調べるのだとか、いろいろな意見がありますが、いずれにしろほとんどの人はネットに頼ります。
ところが、ピカソの本名に関しては、このネットがあまり役にたたないのです。
なぜかといえば、読み方の違いも含めて、いろいろな説が出てくるからです。
たとえば2022年現在、「ピカソの本名」で「ググる」と、すぐに次のような“答え”が見つかります。
パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンディシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ
次回の解答編でも述べますが、実はここで出てくる名前は微妙に間違っています。
グーグルは確からしい情報を集めて分析して提示しているのですが、外国の情報を日本語で得る場合は翻訳の問題もあってそれほど精度が高くなりません。
また、グーグルが間違えた情報がそのままコピペされて拡散してしまうため、機械学習に偏りが生じて、修正されないままになってしまいます。
ピカソの本名は2種類あった!
『ピカソII:キュビストの叛乱 1907-1916』白水社
文献などに当たって調べてみると、ピカソの本名として次の2つの名前が出てきます。
パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・フアン・ネポムセーノ・シプリアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ(Pablo Diego José Francisco de Paula Juan Nepomuceno Cipriano de la Santísima Trinidad Ruiz y Picasso)
パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・フアン・ネポムセーノ・クリスピン・シプリアーノ(もしくはクリスピニャーノ)・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・マリア・デ・ロス・レメディオス・アラルコン・イ・エレーラ・ルイス・イ・ピカソ(Pablo Diego José Francisco de Paula Juan Nepomuceno Crispín Cipriano (other sources: Crispiniano) de la Santísima Trinidad María de los Remedios Alarcón y Herrera Ruiz y Picasso)
いったい、これはどういうことでしょう。
調べてみると「本名」の定義には違いがありました。
短い方の名前は役所の出生証明書に記された「本名」です。公式記録なのでこれこそが本名と言えるでしょう。
一方、長い方の名前は、教会に記録されている洗礼名です。
ピカソの名前が長い! という話のときは、たいてい洗礼名のほうが使われています。そちらのがインパクトがあるからでしょう。
正式な本名はおそらく出生証明書に記録された方です。
しかし、なぜ2つの記録に違いが生じてしまったのでしょうか。
ファーストネームは聖人からもらう
《聖パウロの法悦》1643
まず二つの違いを調べてみましょう。
両者とも始まりの部分はまったく同じです。
パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・フアン・ネポムセーノ
この部分の意味ですが、まず「パブロ」は、いわゆるファーストネームです。
日本でいえば山田太郎の「太郎」にあたる部分です。
キリスト教社会では、ファーストネームは教会によって与えられる洗礼名です。クリスチャンネームとも言います。
「パブロ」という洗礼名は、キリスト教の聖人パウロのことです。スペイン語ではパウロが「パブロ」に変化するからです。
ちなみに英語やフランス語だと「ポール」、ドイツ語では「パウル」、イタリア語では「パオロ」、ロシア語だと「パーヴェル」となります。これらはすべて新約聖書に出てくる使徒パウロのことなのです。
ちなみに、正妻オルガとの間に生まれたピカソの長男は、ピカソと同じく聖人パウロの名前をもらっています。フランスで出生したのでフランス語読みでポール・ピカソと呼ばれていますが、日本ではカタカナでパウロ・ピカソと表記されるのが一般的です。
聖パウロはキリストの直弟子ではなく十二使徒にも入っていません。もともとは熱心なユダヤ教信者で、名前もユダヤ人らしくサウロでしたが、キリストの死後にその声を聞くなど奇跡を目の当たりにしたことで改宗と改名をしました。
新約聖書の著者の一人で、その名前も人気が高く、セザンヌもゴーギャンもシニャックも、クリスチャンネームはポール(パウロ)でした。
ピカソのファーストネームのパブロは、亡き伯父からもらったものだと言われています。
父親の名前をいれるスペインの文化
『ピカソIII:意気揚々 1917-1932』白水社
クリスチャンネーム「パブロ」(パウロ)の次にある「ディエゴ」は、父方の祖父のファーストネームです。「ディエゴ」とは旧約聖書の預言者ヤコブのことです。ピカソの伯父の一人もディエゴでした。
次の「ホセ」は父親のファーストネームです。これは新約聖書のヨセフのことです。
その次の「フランシスコ・デ・パウラ」は母方の祖父のファーストネームです。これも聖人名です。
その次の「フアン・ネポムセーノ」は代父(ゴッドファーザー)のファーストネームです。
代父(ゴッドファーザー)というのは、キリスト教の制度上の父親です。
子どもに名前をつける洗礼式では、ゴッドファーザー、ゴッドマザーと呼ばれる名付け親が立ち会います。
日本語で代父母と呼ばれるこれらの証人の役割は、聖人の名前の中から洗礼名を選択し、その子供の第二の親となることです。実の父母が亡くなったときには、代父母には後見人としてその子の世話をすることが求められます。日本の結婚式における仲人に似ています。
ピカソの名前の中にある「フアン・ネポムセーノ」は、ピカソの代父(ゴッドファーザー)の名前でした。彼はピカソの両親の友人の弁護士です。「フアン」を「ホアン」と表記することもありますが、ここでは「ドン・フアン」にならって「フアン」とします。
このように、ピカソの名前には、「自分自身の名前・父方の祖父の名前・父の名前・母方の祖父の名前・代父の名前」と縁者の名前がどんどん入っているので、これほどまでに長くなっているのです。
これで、ピカソの名前の始まりの部分「パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・フアン・ネポムセーノ」の由来についてはわかりました。
ピカソの本名、正しいのはどっち?
続く部分は、出生証明書と洗礼の記録で違いが生じます。
出生証明書はこうなっています。
シプリアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード
洗礼名はもっと長く、次のようになっています。
クリスピン・シプリアーノ(もしくはクリスピニャーノ)・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード
洗礼名に入っている「クリスピン」とは、3世紀に殉教した聖人クリスピヌスのことです。クリスピヌスの名前が入っているのは、ピカソの誕生日10月25日の守護聖人がクリスピヌスだからです。このクリスピンの名前は、出生証明書では省略されています。
次に入るのは、キリスト教の古い習慣である三位一体名です。
「シプリアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード」とは「三位一体のシプリアーノ」という意味です。
「デ・ラ・サンティシマ・トリニダード」が「三位一体の」という意味になります。キリスト教では「父なる神」と「子なるイエス」と「聖霊」とが三つで一つの神を構成するという理解をしています。
これは「父なる神」だけが唯一神であり、「イエス」は預言者の一人にすぎないとする、ユダヤ教やイスラム教の教えとは相反する部分であり、キリスト教の特徴でもあります。
しかし、どうやらピカソの三位一体名は、「シプリアーノ」となっている資料と、「クリスピニャーノ」となっている資料があるらしいのです。
ここでクイズです。
「シプリアーノ」(Cipriano)と「クリスピニャーノ」(Crispiniano)、どちらが正しいのでしょうか?
解答は次回のコラム(解答編)で発表します!
参考文献:21世紀研究会編『カラー新版 人名の世界地図』文春新書
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