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猫の手を借りながら創り続けています
~西誠人インタビュー

西誠人《Love マット・ホワイト》

英語で彫刻といえば、スカルプチャーとカーヴィングの2つがあります。
厳密ではありませんが、金属や石などを彫る大きな作品はスカルプチャー、木などを彫る模様の細かい小さな作品はカーヴィングと言うようです。
欧米では昔からバード・カーヴィングという鳥の木彫が盛んでした。
そこからヒントを得て、日本でキャット・カーヴィングを創出した作家がいます。
今回は猫の木彫りの第一人者、西誠人(にし・まこと)先生のインタビューをお届けします。

日本画から木彫へ転向した理由

西誠人《ひと休み》

 藝大の日本画専攻を卒業後、美術の非常勤講師などしながら絵を描いていましたが、公募展も落選続きで迷いが生じてきたため、ちょっと絵から離れてみようと思ったんです。それでも何かをつくりたいという欲求があったので、てすさびに絵のパネルに使っていた木で彫刻でもするかと試してみたところ、それが意外と気持ちよかったんですね。紙の上で線を引くのとはまた違った感触があり、また、一度彫ってしまったら修正がきかないという潔さもあって、これなら想いを形にできるかもしれないと図書館で木彫の本を読んで独学で始めました。
 最初に彫ったのはスニーカーでした。それまでは紙の上でしていたデッサンを3次元の木の上でおこなうつもりで、本物の質感やよれ具合を再現することを目指しました。なぜスニーカーだったかというと、ちょっとポップアートを意識して、自分が今まで歩いてきた年月を形にするという意図です。とりあえず身の回りのものを木で彫り始めてみました。
 そのうち動物も彫ってみたいと思ったのですが、動物の毛はすごく細いので手元にあった彫刻刀だとうまく彫れなかったのです。動物の木彫りといえば高村光雲の《老猿》が有名ですが、あれは高さが1メートル以上あるので彫刻刀でも毛並みが再現できるのであって、私がやろうとした小さい彫刻ではきれいに溝が彫れない。それで一度は諦めていたのですが、ある展示会で、素晴らしいデコイ(狩りで囮に使う鴨の彫刻)を見たのです。それは一つひとつの羽毛を羽軸の細かい筋まで彫ってあって、こんなことができるんだと驚かされました。それ以来、どうやったらあんなふうに彫れるんだろうと考え始めました。
 そんなある日、たまたま東急ハンズで見つけたのがバーニングペンです。バーニングペンは木を削る彫刻刀と違って熱で木に線を刻む電熱ペンで、細くて柔らかい線が出せるのです。当時はバード・カーヴィング(鳥の彫刻)用として売られていました。いま私のキャット・カーヴィングはすべてバーニングペンで毛を彫って、そのうえに細筆で絵具を乗せています。

なぜ猫を彫り始めたのか

西誠人《五猫五色》

 猫を彫り始めたきっかけは、忘れもしない1994年5月8日の運命的な出会いです。
 その日、遊びに来ていた友人をアパートの外まで見送って、さあ帰ろうと踵を返したときに足元に子猫がいたんです。それまでまったく気配すらなかったのに。
 当時のアパートはペット禁止だったので、しばらくどうしようかと迷っていたのですが、(来るか?)と心の中で聞いたら、子猫は立ちあがって私よりも先にアパートの階段をピョコピョコと上り始めました。で、扉を開けたらすぐにシュッと入って、「ここに決めたからね」と告げるように、ちっちゃいクッションに丸まって寝始めた。それを見ているうちに、そういえば動物を彫りたいと思っていたなと寝姿のスケッチを始めたら、すごく暖かい感じがしてきて、これはきっと子猫が「私を彫りなさい」って家に来たんだと思ったのです。
 来た当初に風邪を引いていて、寝ながら鼻ちょうちんをふくらませていたので「ちょうちん」という名前をつけた子猫ですが、これが本当に幸運の招き猫でした。
 それまでは個展を開いても友達が来て「このスニーカーすげえな、臭いがしそうなくらいリアルだな」と、すごく褒めてはくれるのですが、買ってはくれませんでした。ところが猫の彫刻で個展を開いたところ、新聞社が来て記事にしてくれて、完売にはならなかったものの7割がた売れたんです。それで、スニーカーとか帽子とかは技術を習得するための練習で、自分は猫を彫る運命だったんだなと思いました。それからはちょうちんとの二人五脚で様々なポーズの猫たちを彫り続けて28年になります。


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公募展でグランプリを受賞

 ちょうちんが来て変わったのは個展の売れ行きだけではありませんでした。ちょうちんがうちに来た年から始まった全国公募展「木彫フォークアートおおや」に応募したところ、1995年の第2回グランプリを受賞しました。
 受賞作品の《エスケープ》は、エッシャーの絵画に影響を受けたもので、本の挿絵の猫がページから飛び出て立体化する模様を彫ったものです。現在も、兵庫県養父市大屋町の木彫展示館に飾られています。木彫展示館を紹介するユーチューブ動画「行ってみ!木彫展示館」の5分30秒くらいから紹介されているのでぜひご覧ください。

行ってみ!木彫展示館

 そのほか、藤沢市アートスペースの「招き猫亭コレクション」、北鎌倉古民家ミュージアム、川崎市にある猫のミュージアム「ラッキー・フィールド」などに私の作品が所蔵されています。もし立ち寄ることがあったら探してみてください。
 藤沢市アートスペースの「招き猫亭コレクション」は、歌川広重や藤田嗣治など猫の美術作品を長年蒐集してきた招き猫亭氏のコレクション450点が寄贈されたものです。定期的に企画展が開催されているようですが、いつでも見られるかどうかはわからないので、出かける前にそれぞれの館にお問い合わせいただければ幸いです。

人生はいつどこでどんなチャンスがあるかわからない~西誠人インタビュー(後編)はこちら>>

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