ナイーブ・アートの系譜
～ウクライナの素朴派マリア・プリマチェンコに寄せて

書籍『MARIA PRYMACHENKO.
I Give You The Sun (Ukrainian Art History)』

ロシア軍の攻撃によって、ウクライナの首都キエフ（ウクライナ語ではキーウ）近郊にあるイバンキウ郷土史博物館が燃えました。
この火事で、ウクライナの国民的画家マリア・プリマチェンコの作品25点が焼失しました。そのほか10点は火中に飛び込んだ地元の勇敢な男性によって救われたそうです。
マリア・プリマチェンコは正規の美術教育を受けていない素朴派の画家です。
同様に素朴派と呼ばれた画家には、フランスのアンリ・ルソー、ジョージアのニコ・ピロスマニ、カナダのモード・ルイス、アメリカのホレイス・ピピン、日本の山下清などがいます。
ピカソは従来の常識にとらわれない素朴派の画家に大きな影響を受けました。彼がルソーのファンでその絵を購入していたことはよく知られています。
また、プリマチェンコの展覧会がパリで開催されたときに訪れたピカソは「この素晴らしいウクライナ人の芸術的な奇跡の前に身をかがめます」と言ったそうです。

ウクライナの人気画家プリマチェンコ

書籍『Maria Prymachenko 100』
Rodovid Press

マリア・プリマチェンコは1908年、ロシア帝国の支配下にあったウクライナのキーウ近郊のボロトニア村で生まれました。
大工の父、刺繡職人の母のもとに生まれ、刺繍や陶磁器の絵付けなどをしながら、生まれた村で結婚して子どもを育て88年の生涯を終えました。
プリマチェンコは美術学校には通いませんでしたが、絵を描くのが好きでした。味わいのある彼女の絵は評判になり、1937年の第7回パリ万国博覧会にはソ連代表の民俗画家として作品が出品されて、金メダルを獲得しています。
1966年には、ウクライナの代表的詩人として知られるタラス・シェフチェンコの名を冠したシェフチェンコ国立賞も受賞しました。
1970年にはソビエト連邦の名誉芸術家に選出され、1988年にはウクライナの人民芸術家として顕彰されました。日本でいえば文化勲章受章に相当するでしょう。
2009年にはユネスコ（国連教育科学文化機関）とウクライナ政府が、生誕100年を超えたこの年をプリマチェンコの年であると宣言しました。
つまり、ひかえめに言ってもウクライナが世界に誇る芸術家の作品が多数、戦火によって失われたのです。
ウクライナの文化大臣は、攻撃を行ったロシアのユネスコ加盟国の権利剥奪を求めました。

2013年にはプリマチェンコの絵の世界をもとに、短編アニメ映画『私の夏…』が制作されました。この映画はYouTubeでも見ることができます。

“Літа мої…” Режисер В. Гончаров, художник-постановник Е. Кірич, продюсер В. Слєпцов.
https://www.youtube.com/watch?v=_1mw5b3oOTo

５分で読めるアートの教養を無料配信！

知ってて得するアートコラム、イベント・展覧会情報など、お役立ち情報をお届けしています。

無料配信メルマガへのご登録はこちら＞＞

ヘタウマの元祖アンリ・ルソー

アンリ・ルソー《戦争》
1894年、オルセー美術館

素朴派の絵は、英語でナイーブ・アートと呼ばれていますが、プリミティブ・アート（原始芸術）やフォーク・アート（民俗芸術）とも関連があります。
その特徴は、美術史や美術教育の影響を受けず、具象絵画でありながら写実的ではなく、独特のユーモアが見られることです。
ピカソによって見出されたアンリ・ルソーも、高校中退から軍役を経て税関役員になったという経歴で、美術教育は受けていません。休日になると絵を描く日曜画家でしたが、絵が好きすぎて、50歳を前に退職して専業画家になりました。しかし、遠近感を欠くその絵は当時の画壇の常識からいえば決して上手とはいえず、ほとんど評価はされませんでした。
そんなルソーを激賞したのがピカソとその仲間たちです。
1908年、ピカソたちは、たまり場となっていたアトリエ「洗濯船」で「アンリ・ルソーの夕べ」という会を開き、ルソー本人を招待して、ルソーの絵を鑑賞したり、ルソーに捧げる詩を朗読したりするなど、その才能を称賛しました。
ルソーが亡くなったのはその2年後でした。66年の人生の中では一般的な評価は得られませんでしたが、その独創的な作風は現在も多くの人を魅了しています。

素朴で知的なハンス・イヌメの世界

ハンス・イヌメ
《ソウルとスピリット、3、8、9・・・・》
2009年、翠波画廊にて販売中
詳しくはこちら＞＞

現代の素朴派と言えそうなのが、翠波画廊で専属契約しているオランダの画家ハンス・イヌメです。
ハンス・イヌメは戦後の1951年にオランダで生まれた若い作家です。美術学校に入学しているので純粋な素朴派とは言いきれませんが、学校を修了せずに中退して、ロック・バンドでベースを弾いていたという変わった経歴を持っています。
実は、著名なロック・バンドには美術学校出身者が少なくありません。ビートルズ、ローリング・ストーンズ、キンクス、ザ・フー、ピンク・フロイド、クイーン、ロキシー・ミュージック、トーキング・ヘッズ、ディーヴォ、ワイアー、ザ・クラッシュ、XTC、ブラー、スピッツなどが美術学校出身者によって結成されています。エリック・クラプトン、デヴィッド・ボウイ、松任谷由美などのシンガーソングライターも美術学校出身です。
音楽学校が古典音楽を教えるなか、より自由を求めるクリエイターが美術学校に集うのが理由の一つでしょう。
ハンス・イヌメは音楽活動と並行して、絵を描くことも続けました。子どもに絵を教えて生活費を稼ぎながら、自分の作品も制作していましたが、売れない時期が長く続きました。
当初は抽象絵画を描いていたので、あまり理解されなかったのです。そこで、より多くの人に伝わるモチーフを探し求めて、鳥に行きつきます。
独特にデフォルメされたハンス・イヌメの新しい絵は人々の心をつかみました。
そしてスーパーモデルのクラウディア・シーファーの目にとまったことをきっかけにブレイクして、人気作家の仲間入りをします。
素朴さと知性の両方を感じさせるハンス・イヌメの絵は、混迷を極める現代社会にどのようなメッセージを伝えているのでしょうか。
《ソウルとスピリット、3、8、9・・・・》に描かれたたくさんの顔は、同じ時間にそれぞれの場所でテレビ画面に見入る人々のようです。

翠波画廊では、ハンス・イヌメ作品のご用意がございます。
作品はこちらよりご覧ください。

ハンス・イヌメ作品一覧はこちら　＞＞

ハンス・イヌメお勧め作品