ミニマルアートのアルバムジャケット
~イヴ・クラインからサイ・トゥオンブリーまで
ミニマルアートとは、1960年代のアメリカで展開された芸術運動です。
50年代に流行した抽象表現主義をさらに深化させて、単純な幾何学模様の反復や、ベタ塗りの色彩などを特徴としました。
ミニマルアートの作家はフランク・ステラやドナルド・ジャッドなどが有名です。ミニマルアートの流行は草間彌生の渡米時代と軌を一にしていて、草間彌生の反復する網目模様などからも影響を受けています。
ミニマルアートのシンプルな色使いは、後のポップアートにも大きな影響を与えました。
今回はミニマルアートを体現したレコードジャケットを紹介します。
現代アートの源流はやはりフランス?
1959年(イヴ・クライン)
アメリカの芸術運動として知られるミニマルアートに影響を与えたのがフランスのイヴ・クラインです。
1962年に34歳で急逝したイヴ・クラインが芸術家として活動していた期間はそれほど長くありません。クラインの両親は二人とも画家でしたが、クライン自身は芸術学校には通わず、今で言えばフリーターのような自由な人生をおくりました。
クラインの最初のアート活動は音楽の分野でした。といっても、いわゆるエンターテインメントではありません。オーケストラにDメジャーコードを一度だけ奏でさせて、その音が消えゆくのを20分間無音で表現するなどの実験音楽です。「モノトーン・サイレンス・シンフォニー」と名づけられたこのパフォーマンスは、1948年頃の作品です。
1949年から、クラインは絵を描き始めます。音楽と同様に、クラインは複雑な技巧ではなくシンプルな表現を好みました。クラインが描いたのは単色の絵です。中でもラピスラズリを連想させる美しい青色に執着して「インターナショナル・クライン・ブルー(IKB)」と名づけた顔料を開発して、特許まで取得しました。
このクライン・ブルーを使って、手形を残したりキャンバスを一面塗りつぶしたりしたものがイヴ・クラインの代表的な作品です。
イヴ・クラインの芸術はコンセプチュアルアートのさきがけでした。コンセプチュアルアートとは、どのようなコンセプト(考え)で制作したかを鑑賞の対象とする芸術です。
1958年、クラインはギャラリーの中に何も展示せず、一面を白く塗りつぶし、窓とカーテンだけを青く塗装した『空虚』展を開催しました。この展覧会には3000人の行列ができたそうです。また、1959年には無音のレコードを制作して『空白の音楽』と名づけました。レコードはB面に解説を録音したかたちで1965年に実際に販売されました。
イヴ・クラインの作品は誰でも真似のできるものですが、その独創性と先見性において他の追随を許さないものでした。
そんなイヴ・クラインが、自らの芸術についてソルボンヌ大学で行った講義が500部限定でレコード化されています。ジャケットはもちろんクライン・ブルーの単色で、文字はいっさい書かれていません。
現在、日本では37年ぶりとなるイヴ・クラインの展覧会「時を超えるイヴ・クラインの想像力―不確かさと非物質的なるもの」が、金沢21世紀美術館で2023年3月5日まで開催されています。
私的なレコードの詩的なデザイン
1990年(サイ・トゥオンブリー)
イヴ・クラインと同じく美しい青色が印象的なレコードジャケットが、ルチオ・アメリオの1990年のアルバム『Ma l’amore No』です。
ルチオ・アメリオはミュージシャンでもアーティストでもなく画商でした。ルチオが生涯に1枚だけ制作した歌のレコードは、アーティストの全面的な協力を受けていました。
たとえば中面のプロフィール写真はロバート・メイプルソープが撮影し、表面のジャケットデザインは現代アートの極北ともいえるサイ・トゥオンブリーが手がけました。
サイ・トゥオンブリーは、素人目には落書きにしか見えない一連の絵画で知られています。市場での評価は高く、その作品は2014年に83億円、2015年に87億円で落札され、2021年のオークション総売上高ではバンクシーに次ぐ9位につけています。
1928年にアメリカに生まれたサイ・トゥオンブリーは、アンディ・ウォーホルやベルナール・ビュフェと同年齢ですが、その作風は同時代の誰とも似ていず、まさに孤高の画家といえます。
とはいえ、仲間がいなかったわけではありません。1951年、サイ・トゥオンブリーは3歳年上のロバート・ラウシェンバーグと知り合い、その芸術に対する真摯な思いから意気投合して生涯の親友となりました。同性愛的な関係だったともいわれています。
その後、1957年にトゥオンブリーはローマに移住し、以後は2011年に死去するまでイタリアで制作を続けました。そのイタリアでトゥオンブリーの世話をした画商がルチオ・アメリオでした。
ルチオ・アメリオはアメリカの現代アートをイタリアに紹介した画商です。
その交友関係は幅広く、レコードのクレジットには、1986年に亡くなったドイツの現代アーティスト「ヨーゼフ・ボイスに捧ぐ」との記述もあります。
ルチオ・アメリオはレコード制作の4年後の1994年にエイズで死去しました。80年代から90年代にかけては医学的知識と治療法の不足から多くの人がエイズで亡くなりました。
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ポップアートはミニマルアートの後継者
(リチャード・ハミルトン)
1950年代の抽象表現主義への反発から、60年代のアメリカにはさまざまな芸術運動が生まれました。
ロバート・ラウシェンバーグらのネオダダ、ドナルド・ジャッドらのミニマルアートは、やがてアンディ・ウォーホルらによるポップアートへと収斂していきます。
ポップアートは、日用品や大衆文化に目を向けたネオダダ、シンプルな描線と原色を使ったミニマルアートの、両方の良い所を取り入れて発展しました。
世界初のポップアーティストとも呼ばれるイギリスのリチャード・ハミルトンは、1968年のビートルズのアルバム『『The Beatles』』のジャケットデザインで、白地にバンド名をエンボス加工しただけという、究極にミニマルなデザインに挑戦しました。
イヴ・クラインのアルバムはクレジットすらいっさい入らないデザインでしたが、あちらは500部限定の私家版です。こちらは世界中で大ヒットしたビートルズのオフィシャルアルバムですから世間に与えた衝撃の度合いが桁違いでした。
1960年代の現代アーティスト大集合
ネオダダのアーティストとミニマルアーティスト、そしてポップアーティストは60年代のアメリカにおいてコンテンポラリーアートという同じくくりに入れられていました。
それがわかるのが、1963年にワシントン・ギャラリーで開催された「ポピュラー・イメージ・エキシビジョン」展です。
この展覧会に参加したのは、アンディ・ウォーホルをはじめとする当時のポップアーティストですが、ロバート・ラウシェンバーグやジョージ・ブレクトなど、現在であればネオダダやミニマルアートに分類される人も含まれていました。
コンテンポラリーアートは時代の流行だったので、この展覧会の参加アーティストへのインタビューはレコードとしても販売されました。
ラインナップは、ジム・ダイン、ジャスパー・ジョーンズ、ロイ・リキテンスタイン、アンディ・ウォーホル、ジェームス・ローゼンクイスト、トム・ウェッセルマン、ロバート・ラウシェンバーグ、そして2022年に93歳で亡くなったクレス・オルデンバーグら総勢11名でした。
彼らの肉声が記録されたレコードは、今はユーチューブでも聴くことができます。
Modern Artists (1963) Popular Image Exhibition in DC
https://www.youtube.com/watch?v=B-PJsmUUwtY
for the Popular Image exhibition
at the Washington Gallery of Modern Art』
1963年(アンディ・ウォーホル)
このレコードのカバージャケットをデザインしたのがアンディ・ウォーホルです。
「ジャイアント・サイズ各1.57ドル」と、スーパーマーケットの値札を模したジャケットは、日用品に美を見出した当時のポップアートの特徴をよく表しています。また、過度の装飾を省いたところはミニマルアート的ともいえます。
for the Popular Image exhibition
at the Washington Gallery of Modern Art』
1963年(ジム・ダイン)
実はこのレコードにはもう一つ別のジャケットが存在しました。
それはポップアーティストのジム・ダインによってデザインされたものです。写真によるコラージュのジム・ダイン版はネオダダを彷彿とさせます。
レコードがリリースされた当初に使われていたのはジム・ダイン版のジャケットでしたが、現在ではウォーホルによる新ジャケットのほうが有名になってしまいました。
2021年のオークション総売上高でピカソとバスキアに次ぐ3位となったウォーホルの人気がよくわかる事例です。
日本でも、2023年2月12日まで京都で大回顧展「アンディ・ウォーホル・キョウト」が開催されています。もうすぐ終了するので、行きそびれていた方はお早めにどうぞ。
翠波画廊では、アンディ・ウォーホル作品のご用意がございます。
作品はこちらよりご覧ください。
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