LGBTQをカミングアウトしたアーティスト
~キース・ヘリングからデイヴィッド・ホックニーまで
毎年10月11日は、LGBTのカミングアウトデーです。
1987年10月11日に、同性愛者への差別撤廃とエイズ治療への予算増加を求めて「レズビアンとゲイの権利のためのワシントンマーチ」が行われたことを記念しています。
2020年の10月11日には、19世紀生まれのイギリスの画家ダンカン・グラントが、当時は犯罪だった同性愛を描いた422枚の絵画コレクションが発見されたことが、偶然にも話題になっていました。
その価値は約2億7000万円です。どのような経緯で見つかったのでしょうか?
密かに伝承されたコレクション
このエロティックな絵画のコレクションは、ダンカン・グラントが亡くなる前に友人に託したものですが、その友人が死去した際に家族がすべて処分したものと思われていました。同性愛などの違法な絵ばかりだったからです。
ところが、実際は託された友人も亡くなる前に、コレクションを密かに理解のある友人に託していました。その友人もまた同様に理解できる人に渡しました。
こうして、簡単には人前に出せないコレクションは、こっそりと受け継がれてきたのだそうです。
コレクターが亡くなると、価値がわからない家族がそのコレクションを二束三文で売り払ったり、あるいは売れるものだけをバラバラに売っていったり、ひどい場合には捨ててしまったりなどで、貴重な資料が散逸することが多いと言われています。
しかし幸いにもダンカン・グラント・コレクションは、おおっぴらに売ることができなかったために、そのままのかたちで残り、心ある人に受け継がれていました。
今回、美術史的な価値もあるコレクションをいつまでも私蔵させておくことはできないと、現在の持ち主であるノーマン・コーツが名乗り出て、ダンカン・グラントが属していたブルームズベリー・グループの資産を管理しているチャールストン財団に寄贈しました。
これによって、ブルームズベリー・グループの研究が一段と進むと期待されています。
「ル・ドーム・モンパルナス」
1920年代エコール・ド・パリの画家たちが集ったことで有名
ブルームズベリーの自由な恋愛生活
ブルームズベリー・グループとは、エコール・ド・パリの時代に、ロンドンのブルームズベリー地区に集まったインテリのサークルです。
そのメンバーには、作家のレナード・ウルフとヴァージニア・ウルフの夫妻、ヴァージニア・ウルフの姉の画家ヴァネッサ・ベルとその夫の美術評論家クライヴ・ベル、画家のロジャー・フライとダンカン・グラント、作家のE・M・フォースターとリットン・ストレイチー、経済学者のジョン・メイナード・ケインズなどがいました。
ヴァージニア・ウルフがローランサンの一歳上で、ケインズがユトリロと同い年、ダンカン・グラントがモディリアーニの一歳下ですから、ブルームズベリー・グループは、エコール・ド・パリと同時代のロンドンの芸術運動だったと考えることができます。
エコール・ド・パリと異なるのは、ブルームズベリー・グループのメンバーがほぼ全員ケンブリッジ大学を卒業したエリート知識人だったことです。
またブルームズベリー・グループの大きな特徴は、同性愛やオープンマリッジなど仲間内での性的な実験に富んでいたことです。
たとえば、作家のリットン・ストレイチーはゲイで、妻である画家のドーラ・キャリントンとは肉体関係のない夫婦生活をおくりました。
このストレイチーの恋人の一人が画家のダンカン・グラントでした。ダンカン・グラントは経済学者のケインズともつきあっていました。
ヴァージニア・ウルフも夫のレナードと愛し合っていましたが、何度か女性の友人と性的関係を持ちました。
クライヴ・ベルとヴァネッサ・ベルの夫婦は、それぞれが恋人を別に持ちつつ夫婦関係を続けるオープンマリッジを選びました。
ヴァネッサ・ベルはロジャー・フライやダンカン・グラントと関係を持ち、やがてダンカン・グラントが同性の恋人デヴィッド・ガーネットと付き合いだすと、夫のクライヴと4人で田舎の家で共同生活を営みました。
この家がブルームズベリー・グループの拠点となり、現在はチャールストン財団が管理しています。
ヴァネッサとクライヴには子供が3人いましたが、末っ子のアンジェリカの実の父親はダンカン・グラントでした。ヴァネッサは、夫のクライヴの許可のもとでの妊娠と出産だったそうです。
そのアンジェリカは24歳になってから、実父ダンカン・グラントの恋人だった48歳のデヴィッド・ガーネットと結婚し、4人の子宝に恵まれました。
これらはすべて関係者の死後に研究によって次第に明らかになった事実です。同性愛も婚外恋愛も違法だったので、当時は厳重に隠されていました。
クローゼットから飛び出てカミングアウトした画家たち
ベイコンの歪んだ肖像~』アップリンク
LGBTであることをオープンにした画家として有名なのは、アイルランドのフランシス・ベイコンと、イングランドのデヴィッド・ホックニーです。
ベイコンは、夜中に家に盗みに入ってきたジョージ・ダイアーを見つけて、ベッドに誘って恋人として飼ったという伝説もあります(伝記映画『愛の悪魔~フランシス・ベイコンの歪んだ肖像~』でジョージ・ダイアーを演じたのは、後に6代目007に選ばれるイケメン俳優ダニエル・クレイグでした)。
存命の画家では最高額クラスのホックニーは、初期はベーコンに影響を受けた表現主義的な作風で、アメリカに行ってからはアンディ・ウォーホルに影響を受けてポップアートの作品を作るようになりました。
キューバ出身の現代アーティスト、フェリックス・ゴンザレス=トレスもLGBTを公表していました。彼はパートナーをエイズで亡くし、自らもエイズで後を追いました。
当時はエイズに対する偏見や差別も強く、同性愛をより公言しにくいものにしていました。
絵本『かいじゅうたちのいるところ』冨山房
たとえば、ストリートアーティストのキース・ヘリングがLGBTを公表したのは、死の2年前の1988年のことでした。エイズと診断されたことで死を覚悟し、LGBTのために社会運動をする決心をしたのです。
前年の「レズビアンとゲイの権利のためのワシントンマーチ」を記念して、1988年にLGBTのカミングアウトデーが制定されると、ヘリングはそのロゴマークを制作しました。
ベーコン、ホックニー、トレス、ヘリングの4人は例外で、ほとんどの人は差別をおそれてLGBTを隠します。
アンディ・ウォーホルも、ムーミンの作者のトーベ・ヤンソンも、同性のパートナーがいましたが、生涯、自らの口からはLGBTであるとは言いませんでした。
絵本『かいじゅうたちのいるところ』で有名なモーリス・センダックは、長年連れ添った同性パートナーの死去をきっかけに、79歳でようやくLGBTをオープンにしました。
そのほか、ミニマルアーティストのエルズワース・ケリーは、現代アートのロバート・インディアナや写真家のジャック・シアーとパートナー関係にありましたし、抽象表現主義のロバート・ラウシェンバーグは、ジャスパー・ジョーンズやサイ・トゥオンブリーとパートナー関係にあったと言われています。いずれも当時は秘密にされていました。
LGBTのセレブたち
マジックアワー
現在は、公表することで差別されているLGBT仲間を励ますことができると、積極的なカミングアウトが増えています。
たとえば、ルクセンブルク首相のグザヴィエ・ベッテル、セルビア首相のアナ・ブルナビッチ、元アイスランド首相のヨハンナ・シグルザルドッティル、元アイルランド首相のレオ・バラッカー、元ベルギー首相のエリオ・ディルポ、元パリ市長のベルトラン・ドラノエ、元ベルリン市長のクラウス・ヴォーヴェライトなどがLGBTを公言しています。
実業界にもその影響は広がっていて、アップルCEOのティム・クック、フェイスブック共同創設者のクリス・ヒューズ、ペイパル共同創業者のピーター・ティール、アートコレクターとしても著名な音楽プロデューサーのデヴィッド・ゲフィンなどが、同じくLGBTをオープンにしました。
また、オリンピック金メダリストの水泳選手イアン・ソープ、世界選手権銅メダリストのフィギュアスケート選手ジョニー・ウィアー、映画『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのガンダルフ役で知られる名優イアン・マッケラン、映画『羊たちの沈黙』で二度目のアカデミー主演女優賞を受賞したジョディ・フォスター、映画『GODZILLA』の監督ローランド・エメリッヒ、映画『バットマン』シリーズの監督ジョエル・シュマッカー、映画『X-MEN』シリーズの監督ブライアン・シンガーなど、有名人のカムアウトは多くのLGBTを勇気づけています。
HELSINKI-FILM
2018年のブライアン・シンガー監督の映画『ボヘミアン・ラプソディー』は、LGBTのロックスター、クイーンのフレディ・マーキュリーを描いて大ヒットしました。
2019年には、同じくLGBTのポップスター、エルトン・ジョンを描いた映画『ロケットマン』も公開されました。
2020年には、ゲイアートの先駆者としてあがめられるLGBTの画家トウコ・ラークソネンの伝記映画『トム・オブ・フィンランド』も、生誕100年記念で日本で再上映されました。
ムーミンのトーベ・ヤンソンもフィンランドの画家ですし、LGBTとフィンランドの関係は意外と深いのかもしれません。トーベ・ヤンソンも、今年2020年にフィンランドで伝記映画『TOVE』が公開されました。日本での上映はいつになるのでしょうか。
かつて、ナチス・ドイツの暗号機エニグマを解読して、連合国の勝利に大きく貢献した数学者のアラン・チューリングは、戦後に同性愛行為を行った罪で逮捕され、41歳で死に追い込まれました。その模様は映画『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』で描かれています。
悲劇が繰り返されないよう、個人の生き方や外見で差別されない社会が実現するとよいですね。
キース・ヘリングお勧め作品
5分で身につくアートの教養、定期配信中!
登録は無料!下記よりご登録ください
登録は無料!
メールマガジンにぜひご登録ください ↓↓
【配信コンテンツ】
1. 役立つアートコラム(月3~4回配信)
読むだけで最新のアートシーンや絵画の知識が身につくコラム。アート初心者からコレクターの方まで必読です。
2. イベント情報
画廊でのワークショップやセミナーのご案内をいち早くお知らせ!
3. 展示会のご案内
翠波画廊で開催する展覧会や、全国百貨店での作家来日展情報などをお知らせいたします。
私たちにできること
1
絵画購入のご相談
些細なこともお気軽にご相談ください。
30日以内の返品保証など
安心のサービスをご用意
2
お部屋やご予算に合わせた
絵画のご提案
お客様のご要望をお伺いし、
1,500点以上の豊富な作品から
最適な一枚をご提案いたします。