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キース・ヘリングのアルバム・アートワーク
~マルコム・マクラーレンからシルヴェスターまで

アンディ・ウォーホル
≪キース・ヘリングとファン・デュボース≫1983年

1990年に31歳の若さでこの世を去ったキース・ヘリングは、ストリート・アートの黎明期のレジェンドであり、最も人気のあるグラフィティ・アーティストでした。
アメリカの白人ではありましたが、内向的で細身で眼鏡をかけたゲイのヘリングは、差別される者の痛みに敏感で、社会活動家(アクティヴィスト)としても知られていました。
エイズ患者や恵まれない子供のために設立されたキース・ヘリング財団は、彼の死後30年を経た今でも世界中で慈善活動を行っています。
たとえば没後30年にあたる2020年には、ウォーホルやバスキアの作品など、ヘリングの個人コレクションのうち約140点をサザビーズ・オークションに出品し、収益をLGBTコミュニティ支援団体に寄付することを発表しました。
実際に9月から10月にかけて行われた一連のオークションでは、事前の見積額の3倍にあたる総額460万ドル(約4億8000万円)の売上がありました。
中でも注目されたのはアンディ・ウォーホルが描いた、ヘリングとヘリングのパートナーの肖像画です。LGBTを象徴するかのような上半身裸で抱き合う二人の男性のシルクスクリーン版画は50万ドル(約5300万円)で落札されました。

 

80年代のアートの王様

NYC Peech Boys『Life Is Something Special』
(Islands Records)1983年

今回は、そんなキース・ヘリングが手掛けたレコード・ジャケットを紹介します。
レコード・ジャケットにおけるキース・ヘリングの最も古い仕事と考えられるのは、ピーチ・ボーイズのアルバム『Life Is Something Special』のジャケット・カヴァーです。
バンド名は、ビーチ・ボーイズ(浜辺の男たち)ではなくピーチ・ボーイズ(桃尻の男たち)なので間違えないように注意しましょう。
彼らはロックバンドではなく、ダンスミュージックのグループです。80年代のニューヨークのゲイ・ディスコ、パラダイス・ガレージで結成されました。
パラダイス・ガレージのDJラリー・レヴァンを中心に、ローリング・ストーンズのバッキング・ヴォーカリストだったバーナード・ファウラーが歌を担当しました。
1984年に解散したピーチ・ボーイズの唯一のアルバムは、パラダイス・ガレージの常連だったキース・ヘリングのイラストで飾られました。

 

David Bowie『Without You』
(EMI America) 1983年

同じく1983年にキース・ヘリングが手掛けたのは、ロック・スターのデヴィッド・ボウイのシングル『ウィズアウト・ユー』のジャケットです。
この曲はデヴィッド・ボウイの15枚目のアルバム『レッツ・ダンス』からのシングル・カットです。
『レッツ・ダンス』はデヴィッド・ボウイのキャリア・ハイとなったアルバムで、全世界で累計1000万枚以上も売り上げました。
プロデューサーのナイル・ロジャースは、このアルバムを皮切りにマドンナやデュラン・デュランなどのアルバムを手掛け、80年代のダンス・ポップ・サウンドを象徴する時代の寵児となりました。
人と人のつながりを描いたキース・ヘリングのジャケットも含めて、80年代らしさが横溢している曲です。

 

俺がキース・ヘリングだ!

Malcolm McLaren『Duck Rock』(Charisma)1983年

同じく1983年には、キース・ヘリングはマルコム・マクラーレンのデビュー・アルバム『俺がマルコムだ!』(Duck Rock)のジャケットにもイラストを提供しています。
こちらはディスコでもロックでもなく、ヒップホップのアルバムです。
当時のポップ音楽シーンでは最も先鋭的なサウンドで、ジャケットも、ストリート・アーティストのキース・ヘリングに背景のイラストを、グラフィティ・アーティストのドンディ・ホワイトにタイトルロゴを描かせ、人気デザイナーのニック・イーガンが全体をまとめた意欲作でした。
アルバムからシングル・カットされた『Duck For The Oyster』のレコード・ジャケットもニック・イーガンが担当し、マルコム・マクラーレンの顔写真にキース・ヘリングのアヒル(Duck)のイラストを組み合わせています。
11曲中6曲がシングル・カットされたこのアルバムは、今もなお名盤として記憶されています。
勢いに乗るマルコム・マクラーレンは翌1984年にもリミックス・アルバム『Would Ya Like More Scratchin』をリリースしました。
ジャケットは同じくキース・ヘリングで、ヒップホップの音楽に合わせてブレイク・ダンスを踊る人々が描かれています。

 

 

Malcolm McLaren『Duck For The Oyster』
(Charisma)1983年

 

Malcolm McLaren & The World’s Famous Supreme Team Show
『Would Ya Like More Scratchin』(Island Records)1984年

 

チャイルドからアダルトまで

Digette『Fred From Jupiter』
(Sire)1984年

1984年にはすでに、キース・ヘリングは新しいアーティストとして流行に敏感な人々の間で有名になっていました。
同年にイギリスでリリースされたDigetteのシングル『Fred From Jupiter』では、キース・ヘリングに特別な感謝が捧げられています。アートワークを担当したのは、アメリカのポップ・アーティストのケニー・シャーフですが、キース・ヘリングも何らかの関与があったのでしょう。
この曲は、1981年のドイツのヒット曲「Fred vom Jupiter」(木星から来たフレッド)のカバー・バージョンです。
ドイツ語の原曲は、当時16歳だったアンドレアス・ドーラウが、高校の音楽の授業の課題で制作したもので、ドイツの児童合唱団によって歌われたバージョンは、この曲でデビューしたアンドレアス・ドーラウの40年に及ぶキャリアで最大のヒットとして知られています。
この曲はその後も何度もカバー・バージョンが作られますが、イギリスのグループDigetteによる1984年のバージョンはあまり売れず、Digetteはこのレコードのみで解散しました。

 

オムニバス『A Diamond Hidden In The Mouth Of A Corpse』
(Giorno Poetry Systems)1985年

1985年のキース・ヘリングはインディーズ・ロックバンドによるオムニバス・アルバム『A Diamond Hidden In The Mouth Of A Corpse』(死体の口の中に隠されたダイヤモンド)のレコード・ジャケットも担当しています。
このアルバムには、ソニック・ユースやキャバレー・ヴォルテールやコイルといった実験音楽のバンドが集い、前衛作家ウィリアム・バロウズの朗読までもが収録されています。
子供向けのポップミュージックから、最先端のヒップホップやガレージハウス、そして前衛音楽まで、どんな音楽にも合わせられるキース・ヘリング作品の汎用性の高さがうかがえます。

 

LGBTQのアート・クイーン

Sylvester『Someone Like You』
(Warner Brothers Records) 1986年

さまざまな肩書きを持つキース・ヘリングですが、その核にはポップミュージックなどの大衆文化と、ゲイカルチャーに代表されるアングラ文化の両面があります。
キース・ヘリングはもともとニューヨークの地下鉄の広告掲示板に絵を描くサブウェイ・ドローイングで注目された、ストリート出身のアーティストです。
音楽も好きで、アメリカのサイケデリック・ロックバンドのグレイトフル・デッドのTシャツを作って売っていたこともあります。
1985年、ヘリングはアンディ・ウォーホルに紹介された女優・歌手のグレイス・ジョーンズが、パラダイス・ガレージで開催したライヴに協力しました。
パラダイス・ガレージは、当時のニューヨークのディスコ文化を象徴するナイトクラブで、ダンスミュージックとポップミュージックとLGBTQカルチャーが一体となった場所でした。
1986年、ヘリングは「ディスコの女王」の異名で知られる男性歌手シルヴェスターのシングル『Someone Like You』(あなたに似た誰か)のジャケット・デザインを手掛けます。これはビルボードのダンスチャート1位を獲得したシルヴェスターの最高のヒット曲です。
しかし2年後の1988年、シルヴェスターはエイズによって41歳で亡くなりました。その2年後の1990年にはキース・ヘリング自身もやはりエイズで世を去ります。
アンディ・ウォーホルもキース・ヘリングもシルヴェスターも、パラダイス・ガレージのメインDJでピーチ・ボーイズのメンバーだったラリー・レヴァンもゲイでした。
社会からの抑圧に対する反発が、彼らのアートの原動力になっていたのかもしれません。

 

 

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