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絵画と文学のコラボレーション! 名画を題材にした小説の魅力とは?

深水黎一郎『名画小説』河出書房新社

視覚芸術である絵画は、中世までは職人の手業と見なされていたため、大学で研究するリベラルアーツに含まれていませんでした。
当時リベラルアーツに含まれていたのは、言語を用いた文法学・論理学・修辞学の3科と、数学を用いた算術・幾何学・音楽・天文学の4科だけでした。手先の器用さが求められる絵画や彫刻は、学問というより工芸と考えられていました。
今では絵画や彫刻は芸術の中核を占めるようになり、文学や音楽と並び立つようになっています。
今回は絵画と修辞学が融合した『名画小説』をご案内します。

ルーブル美術館に秘められた謎

ドミニク・アングル≪グランド・オダリスク≫

『名画小説』の作者は『エコール・ド・パリ殺人事件』を書いた深水黎一郎です。
2011年に第64回日本推理作家協会賞を受賞している深水さんは、一般的には推理作家として知られていますが、掌編集『名画小説』はいわゆるミステリーファンでなくても楽しめるエンターテインメント作品となっています。
『名画小説』には、全部で13篇のショートショートが収められていて、それぞれの小説は古今東西の名画にインスピレーションを得て書かれています。
そのため、書籍にはモノクロではあるものの、創作の源泉となった名画も収録されているので、一緒に鑑賞することで各篇をより楽しむことができます。
たとえば最初の小説「後宮寵姫」は、ルーブル美術館所蔵のフランスの至宝、アングル《グランド・オダリスク》にインスパイアされた作品です。
それは次のように始まります。

羅浮宮(ルーブル)美術館、言わずと知れた世界屈指の美の殿堂――。
ここに行く時は、体調万全でなくてはならない。
そこでは一体何が起きるのか、誰にも予想できないのだから――。

ルーブル美術館を訪れた日本人観光客の「僕」の身にふりかかる不思議な事件とはいったいどのようなもので、アングルの名画はどう関係してくるのか――《グランド・オダリスク》に向けられた「胴が長すぎる」という批判について知っていれば、思わず微笑んでしまう佳作です。

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バナナの中に隠されているものは?

アンディ・ウォーホル≪バナナ≫
(『Velvet Underground & Nico』レコードジャケット)

アングルに続いて、ルネサンス期の名画が2枚出てくるので、泰西の古典ばかりと思いきや、4篇目の「東洋一の防疫官」で引用されているのは戦後のポップアーティスト、アンディ・ウォーホルの《バナナ》でした。
「防疫官」とは、外国から輸入されたり持ち込まれたりする農作物や動物などを空港や港などで検疫して、日本を外来のウイルスや生物などから守る職業を指します。
登場する「東洋一の防疫官」の名前は水際留流(みずぎわとめる)。まさに防疫官になるために生まれてきたような名前です。
水際が特に注目するのはバナナです。
作中の彼のセリフを借りれば、「侵入警戒病害虫の卵がないかどうかの検査をしているんです。やっとの思いで駆除したウリミバエの卵なんかが入っていたら、大変なことになりますからね。」となります。
ウリミバエは「日本の侵略的外来種ワースト100」に指定される害虫です。日本は過去に大々的な駆除プロジェクトを行って根絶させました。
日本人とウリミバエとの戦いは、かつてNHKの人気番組『プロジェクトX』でも「8ミリの悪魔VS特命班 最強の害虫・野菜が危ない」として描かれたほどです。
たしかにウォーホルの描くバナナは、かなり熟していて食べ頃に見えますが、どことなく不気味な感じを醸し出しています。

藤田嗣治と生まれなかった子供たち

藤田嗣治≪つばめと子供≫

8篇目「六人姉妹」で参照されているのは、藤田嗣治≪つばめと子供≫です。
藤田嗣治といえば、エコール・ド・パリ時代の乳白色の裸婦が有名ですが、戦後、フランスに帰化してレオナール・フジタと改名した後には、子供の絵を多数描いたことが知られています。
5回の結婚(同棲)をしても実子を持つことのなかった藤田嗣治は、子供に対する憧れがあったのでしょうか。藤田の描く子供たちは、藤田の愛した猫にも似ていて、現実と非現実とのあわいに漂っているかのような魅力があります。
絵柄は違いますが、奈良美智の描く子供にも共通した神秘性を感じます。
「六人姉妹」は、取材のために隣の県に来たライターの「私」が、まるで藤田の描いた絵から出てきたかのような六人姉妹の女の子たちを見かける話です。
途中、藤田嗣治についてのうんちくなども交えながら語られる話は、牧歌的なエッセイのようでもありますが、最後に「意味がわかると怖い話」へと転化します。
「私」は晩年の藤田の作品について次のように語ります。

巴里画壇の寵児としての地位を捨てて帰国したものの、戦争画を描いたことで戦後は戦争責任まで背負わされそうになり、仏蘭西に戻ったら今度は過去の亡霊扱いされるという苦渋を味わった晩年の藤田にとって、自分も登場する宗教画はもちろんのこと、ただ無邪気に遊ぶ子供たちを描くことは、恩讐を超えた一種の祈祷だったのではないか。

翠波画廊大阪店では藤田嗣治展を開催中で、40点近い作品を展示いたしております。
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