ピカソはアフリカ美術から何を得たのか
~代表作《アヴィニョンの娘たち》の起源
翠波画廊では、パリにスタッフを常駐させて情報を得るほか、社長自身が年に3、4回は渡仏して、直接に海外の仕入を行っています。 パリ7区、セーヌ川のほとりにあるケ・ブランリ美術館(Musée du quai Branly)は、2006年に開館した、比較的新しい美術館です。
ケ・ブランリ美術館ができる前、その所蔵品の大半は、パリの人類博物館(Musée de l’Homme)にありました。ですから展示物の多くは、作者名不明の品物ばかりです。このような伝統工芸品に「原始美術」の名前を与えて、体系的に展示しているところが、いかにも芸術の国フランスらしくて、私は好きです。
今回の展示「ピカソ・プリミティフ」は、ピカソがアフリカの原始美術から深い影響を受けたことを証明する大変興味深い展覧会でした。アフリカの原始美術と並んで、ピカソの作品が展示されると、その類似ぶりに驚きます。また、当時のピカソのアトリエの写真にも、アフリカン・アートの作品が飾られているのを見ることができます。 特に、アフリカン・アートの影響が強いと言われているのが、出世作「アヴィニョンの娘たち」(1907年)です。
「アヴィニョンの娘たち」には、合わせて5人の娘たちが描かれていますが、右の二人の顏は明らかにアフリカの原始美術の仮面の影響を感じさせます。 真中の二人は、ピカソの生まれ故郷であるスペインの美女を思い起こさせますが、左の一人の浅黒い横顔は、エジプトの古代絵画のようにも見えます。ピカソが「アヴィニョンの娘たち」を描くにあたって影響を受けたのは、パリの人類博物館の原始美術だと言われています。ここの所蔵品の多くは、後にケ・ブランリ美術館に移されたのですから、展示物にはピカソが当時見たものも含まれています。
当時、ヨーロッパの外部の原始美術に魅せられたのはピカソだけではありません。前年には、マティスも「青い裸婦(ビスクラの思い出)」(1906年)で、生命感溢れるアルジェリアの女性を描きました。ピカソのアフリカン・アートへの傾倒は、マティスがアルジェリア旅行で手に入れた彫刻と、1907年3月のアンデパンダン展に出品されたマティスの作品を見てからであるとも言われています。
そもそもフランスは、アルジェリアをはじめとして、アフリカ大陸を東西に横断するほどの広大な植民地を持っていました。一方で、ナポレオン1世が「ピレネー山脈を越えればアフリカ」と言ったと伝えられるように、自国フランスに誇りを持ち、周辺諸国を見下していました。実際には、ピレネー山脈の向こうはスペインとポルトガルなのですが、そこはもうエキゾティシズムに満ちた異国だったのです。スペイン出身のピカソが、フランス画壇で活動しながらも、アフリカ美術に惹きつけられたのは、ある意味、当然だったかもしれません。
「アヴィニョンの娘たち」とアフリカ彫刻との関連性はよく言われていますが、今回の展示で驚かされたのは、ピカソがその後もずっとアフリカの原始美術を好み、作品に反映していたことです。その後のピカソの絵や彫刻に見られる、目の大きな顔や、手足が太くて短い人物像や、晩年の露骨な性器描写などは、いずれもアフリカの原始美術の特徴を受け継いでいます。「良い芸術家は真似をするが、偉大な芸術家は盗む」と言ったと伝えられるピカソですが、まさにピカソは、アフリカ美術の大胆さを盗んで、換骨奪胎していたのです。
ピカソの「アヴィニョンの娘たち」には後日談があります。1939年、ニューヨーク近代美術館は、同館の目玉としてちょうど市場に出ていたこの絵を購入します。しかし当初、当時の価格で2万8000ドルの金策がつかず、館長のアルフレッド・バーは苦渋の決断の末、リリー・P・プリスの遺贈で取得したドガの「競馬場」を売却して資金を捻出します。これはニューヨーク近代美術館にとって常設展示コレクションから初めての作品売却でした。第二次世界大戦前夜のこの時期に、戦後の美術界を牽引するニューヨークで、フランス近代絵画を代表するドガが売られて、現代アートの源流となるピカソが買われたことは、まさしく美術界のその後を予見する出来事でした。
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