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美術館はなぜ作られたのか(2)
~王侯貴族のコレクション「芸術の部屋」が美術館の一つの起源となった

現在、美術館とは、教育熱心な親が子供を連れて行きたい場所の一つになっています。美術館の学芸員もまたそのような動機を否定しないでしょうし、一般的にも教育的で啓蒙的な場所だと思われています。
しかし、その成り立ちを見ていくと、教養というより、むしろ俗物的な権力欲や名声欲、オタク的な蒐集欲、そして学者の如き研究欲が見えてきます。
美術館の起源には、財を持て余した権力者のコレクションがありました。現代の権力者たる富裕層が、美術品を蒐集し私設美術館を作ることは、中世の王侯貴族がやってきたことと、まったく同じなのです。

 

王侯貴族によるコレクションが盛んになったのが、ルネサンスの時代です。
ルネサンスは、美術史では美術が花開いた時代とされていますが、逆に言えば王や貴族がパトロンとなって、芸術家に絵画や彫刻をたくさん作らせた時代です。
このような宮廷コレクションは「書斎(ストゥディオーロ)」とか「陳列棚(キャビネット)」とか「芸術の部屋(クンストカンマー」)などと呼ばれ、後にミュージアムへと発展していきますが、興味の対象は見せることではなく、集めることにありました。
このとき、王や貴族は彫刻や絵画ばかりでなく、芸術家をも集めました。宮廷画家という名前での囲い込みです。しかし、スペインのフェリペ4世の宮廷画家として招かれたベラスケスの当初の俸給は、宮廷理髪師とほぼ同額でした。当時はまだ芸術家(アーティスト)は職人(アルチザン)でしかなく地位が低かったからです。

さて、このような王侯貴族の私設コレクションがミュージアムとなるには、ヨーロッパの市民革命を待たねばなりませんでした。
18世紀、啓蒙思想によって権利意識に目覚めたフランスの市民は王をギロチンで処刑し、そのルーヴル宮のコレクションを一般公開しました。これがルーヴル美術館の始まりです。いわば、王の私設コレクションを、権力者になった市民が奪い取ったのです。
当時のルーヴル美術館は、アトリエや住居を内包するアーティスト・イン・レジデンスでもありました。ここでもやはり、アーティストそのものが蒐集の対象になっていました。
革命によって市民のものとなったルーヴル美術館でしたが、その飽くなき蒐集欲は止まりませんでした。
ナポレオンの遠征戦争による略奪品は、戦利品としてルーヴル美術館に集められ、フランスの富を増やしました(ついでに言えば、ルーヴル美術館の名称も、ナポレオンが皇帝になってからはナポレオン美術館に変更されました)。
略奪品の多くは後に返還されましたが、現在でもヨーロッパの美術館の多くは、帝国主義時代に植民地から奪った美術品の返還請求を抱えています。
例えば、古代エジプトの「ロゼッタ・ストーン」は大英博物館に、「ハトシェプストの胸像」はメトロポリタン美術館に、「デンデラの黄道帯」はルーヴル美術館にあって、それぞれ返還を要求されています。東京国立博物館もまた「朝鮮王朝武具」などの返還要求を受けています。
私たちの知る高尚な美術館の背景には、権力者による生々しい蒐集欲がありました。しかしそれがなければ、古代の美術品は打ち捨てられて、現代まで残ることもなかったのでしょう。実用に値しないもの、誰も目を留めないものを個人的な熱意でコレクションすることが、美術館の原点なのです。

私たちが現在当たり前だと思っていることの多くは、近代に作られた考え方だったり、現代に流行している考え方だったりします。
近代以前には画家の地位は低く、17世紀に活躍しバロック期を代表するルーベンスは王の画家、画家の王と呼ばれ経済的にも成功していましたが自身の結婚にあたって社会的地位の高い家柄の女性をめとることができるだろうかと気にしていたこととか、当時の芸術作品はあくまでも実用的な装飾品であり、うやうやしく美術館に飾って眺めるものではなかったことなどを知ると、物の見方や価値観が、時代によって大きく変わることを実感します。
翠波画廊が営業してきた30年間を振り返ってみても、人気画家の変遷は見られました。例えば、アンドレ・ボーシャンやアンリ・ル・シダネルの名前は、最近でこそあまり聞きませんが、昔はとても人気のある画家でした。
このように、美術品の価値は時代の価値観に合わせて変化していきます。私たちは、美術品が永久に残るものだと思いがちですが、時代が変われば消えていくものもたくさんあります。
逆に言うと、美とは決して普遍的なものではなく、その時代背景、その社会背景によって生まれる数多くの美意識や価値観なのです。同じ時代背景、社会背景の中で共に生きていたとしてもそれぞれの人が共通して感じる普遍的な美はありません。美しいと感じる対象は人それぞれ違います。だからと言って美が無いと言えるでしょうか。外からの刺激で体が痛いと感じる感じ方は人によって違います。同じ刺激を与えても痛いと感じる人と全く痛みを感じない人がいるからといって痛みという感覚はないとは言えません。誰にも共通する美という対象が無くても、それぞれの人に何かを綺麗、美しいと感じる感性があれば美はあると言えるのです。美とは人の感性の中にあるものです、そのため時代や環境によって芸術の評価も変わってきます。
かつての王侯貴族も、自分だけの「美」を求めて、誰もが見向きもしない珍品を集めて「驚異の部屋(ヴンダーカンマー)」を作りました。それが後に美術館となり、皆が有難がって訪れるのですから不思議なものです。
極端なことを言えば、この資本主義の世界では、美術品もまた一つの商品でしかありません。その商品に価値を見出すのは人が生きている時代や環境によって育てられた価値観です。私も今の時代とともにある美術に対する価値観を見極め、多くのお客様に美術の魅力をお伝えしていきたいと考えております。


 

 


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