平山郁夫
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平和の願いをシルクロードに込めて

1930-2009年

平山郁夫作品を数多く取り揃え、展示販売しています

1930年広島県に生まれ、東京藝術大学学長を務めた平山郁夫。
中国や中央アジア、西アジア諸国などを取材し、古代インドに発生した仏教をアジアの果ての島国にまで伝えたシルクロードをモチーフにした作品を多く生み出しました。その根底に流れる深遠なる仏教の心、世界の平和を祈る尊い精神の本流が、観る人の魂を揺さぶります。
また画家としての作品制作の他、日本人初のユネスコ親善大使やアフガニスタンの支援活動など幅広い活動によっても国内外から高い評価を得ています。

そんな平山郁夫の作品は今なお、多くのファンに愛され続けています。翠波画廊では、特に人気の高いシルクロードをテーマとした作品を中心に積極的に仕入れ、お客様にご紹介しております。

シルクロードをテーマとした版画作品を豊富に

翠波画廊にご来廊いただければ、平山郁夫の代表作や人気作品の現品をご覧いただけます。

シルクスクリーン

「海のシルクロード 中国帆船」

1993年 250部 43.8x60.7cm

 

シルクスクリーン

「黎明法隆寺」

1993年 250部  60.5x44cm

 

 

平山郁夫作品は他にもございます。ぜひ作品一覧をご覧ください。

作品一覧

ヒロシマに捧げる絵

平山郁夫の人生観と画風に多大な影響を及ぼしたのが、広島への原爆投下でした。
その日、爆心から4キロ弱の地点にいた平山は、炎の中苦しみ、亡くなっていく大勢の人々を目にします。強烈なこの体験は、平山の平和への祈りの思いを強くすることに。そしてそんな平山自身も、被爆から10年以上経ってその後遺症に苦しむ日々が待っていました。極度の貧血状態で、死をも覚悟した平山。

「もしここで倒れたら、私の絵として残るものなど一枚もなくなってしまう。ヒロシマへの鎮魂と、生命を希求してやまない今の心境を同時に表現するような絵を一枚でもいいから描きたい」

その強い気持ちで描きあげたのが、初期の代表作ともなる“仏教伝来”のシリーズでした。平山は生死の危機に際して救いを求めた仏教、そしてその源流となるシルクロードの道に生涯の絵のテーマを見出したのです。

レゾネ掲載のオリジナル版画を取り扱っております

東山魁夷と並び、日本画壇でも評価の高い平山郁夫の作品。翠波画廊では、平山郁夫のカタログレゾネに掲載されている、平山生前のオリジナル版画を多数取り揃えております。その為、初めてのお客様にも安心してお求めいただけます。

安心の返品保証

ご購入時の安心材料として、30日以内の返品受付、返品保証を行っており、
もしお部屋に飾って合わない場合は30日以内の返品を受け付けております。

平山郁夫作品のご購入をご検討の方

 

ご不明なことがありましたらスタッフが解決いたします。

お電話でもお気軽にご相談ください。

 

TEL:03-3561-1152
(平日土/10:00~18:00)

 

お問い合わせお待ちしております。

翠波画廊では、平山郁夫作品の買取も行っております。平山郁夫の絵画・版画作品の売却をお考えの方は、ご相談ください。買取査定は無料です。メール、電話などお気軽にお問い合わせください。

 

平山郁夫 略歴 IKUO HIRAYAMA

1930年 平山郁夫、広島県に生まれる。
1947年 東京美術学校日本画予科に入学。
1952年 東京美術学校日本画科を卒業。東京芸術大学美術学部日本画科副手となる。前田青邨に師事。
1953年 第38回院展に初入選。東京芸術大学日本画科助手となる。
1954年 第9回春の院展で初の奨励賞受賞。(以後2回受賞)
1959年 原爆の後遺症で制作面でも行き詰まっていたが、第44回院展に「仏教伝来」を出品し、制作上の転機となる。
1960年 第45回院展に「天山南路(夜)」を出品。仏伝シリーズの制作をはじめる。
1961年 第46回院展の「入湟槃幻想」で日本美術院賞受賞。東京国立近代美術館買い上げ。日本美術院特待に推挙される。
1962年 第47回院展の「受胎霊夢」で日本美術院賞受賞。第1回ユネスコ・フェロープによリヨーロッパヘ留学。
1963年 第48回院展の「建立金剛心図」で奨励賞(白寿賞・G賞)受賞。
1964年

日本美術院同人に推挙される。第49回院展の「仏説長阿含経巻五」「続深海曼茶羅」で文部大臣賞受賞。

東京芸術大学美術学部日本画科講師となる。

1966年

東京芸術大学中世オリエント遺跡学術調査団に参加しトルコヘ。

イヒララ渓谷の中世キリスト教寺院、修道院の壁画模写に従事。

1968年 中央アジアを旅行。仏教伝来の源流を訪ね、この旅行がシルクロードに情熱を傾ける発端となる。
1973年

東京芸術大学教授となる。

高松塚古墳壁画の現状模写に従事。東京芸術大学イタリア初期ルネッサンス壁画調査団に参加。

1976年 第8回日本芸術大賞を受賞。イラン・イラク・シリア・エジプト・トルコにて平山郁夫日本画展開催。
1977年 第11回仏教伝道文化賞を受賞する。
1978年 第63回院展「面禅院青邨先生還浄図」で内閣総理大臣賞受賞。
1979年 アテネ・北京・広州にて平山郁夫日本画展開催。中国スケッチ旅行で初めて敦煌を訪れる。
1980年 奈良薬師寺玄奘三蔵院の壁画制作に取り組む
1981年 日本美術院理事となる
1983年 第1回東京芸術大学敦煌学術調査隊に参加。
1985年 北京中央工芸美術学院外国人名誉教授となる。第2回東京芸術大学敦煌学術調査隊に参加。
1987年 第3回東京芸術大学敦煌学術調査団に団長として参加。
1988年 東京芸術大学学術部長となる。ユネスコ親善大使に任命される。文化財保護振興財団が発足。理事に就任。
1989年 日本楼蘭学術文化訪問団団長として楼蘭遺跡を訪問。東京芸術大学第6代学長となる。
1991年 フランス国立ギメ東洋美術館で「平山郁夫シルクロード展」開催。フランス政府よりコマンドール勲章を授与される。
1992年 中国日中国交正常20周年会議に出席。早稲田大学名誉博士となる。
1993年 アンコール遺跡救済特別企画「平山郁夫の眼と仕事」を開催。
1994年 黒部峡谷を取材。宇奈月町制施行40周年記念特別講演を行う。
2009年 12月 永眠。