ラウル・デュフィ
作品一覧

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ラウル・デュフィ 絵画販売サイト

20世紀フランスを代表する色彩の芸術家 ラウル・デュフィ

1877-1953年

ラウル・デュフィ作品を多数取り揃え、展示販売しております

フランスに生まれ、フランスで活躍したラウル・デュフィ。ル・アーブルからパリに出て、明るい色彩感覚と躍動感溢れる独自のスタイルを確立。フランスにとって自国が誇る芸術家として尊重された彼の作品は、オルセー美術館やパリ市立美術館など有名美術館に多く収蔵されています。明るいモチーフや鮮やかな色彩で、ご自宅にもとても飾りやすいデュフィの作品は、お客様からも人気が高い為、翠波画廊では積極的に仕入れを行っております。

 

販売作品はデュフィ絵画販売サイトでご覧いただけます

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人気の挿画本の作品を中心に

デュフィ絵画販売サイトでは、オリジナル版画を中心に幅広く作品を取り揃え販売しております。
絵画販売サイトに掲載されている絵画は、翠波画廊にご来廊いただければ、現品をご覧いただけます。

 

木版画

「ヴァカンス・フォルセ:モンソウヌの庭」

1956年 233部 17×22.5cm

美しい色彩と共に、海やアトリエの風景、静物などデュフィの代表的なモチーフが描かれた挿画本より。デュフィ亡き後に友人ドルジュレスによって出版された作品です。

リトグラフ

「生命の水:作家の肖像」

1954年 300部 36x27cm

果実酒や薬酒をテーマとした文章にデュフィが挿絵を描いた挿画本からの一枚。

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デュフィ絵画販売サイトに掲載されていない絵画もございます。
お探しの作品がございましたら、翠波画廊にお問い合わせください。

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観る人を喜びへと誘う明るさ

人生の半ばまでは画業が認められず、生活も苦しかったデュフィ。第二次大戦中には芸術家の迫害を逃れながら絵を描き続けるなど、決して平穏とはいえない画家人生でした。しかし彼の絵から明るさが失われることはなく、「歓喜(よろこび)の画家」と呼ばれるその明るさこそが、今もなお世界中のコレクターから愛されている画家の魅力です。

 

光あふれる色の饗宴

油彩から、水彩、版画、そしてテキスタイル・デザインまで、デュフィはさまざまなかたちで、活躍します。セザンヌやマチスの影響も受けたデュフィ。海や自然、そして音楽をモチーフにした作品など、どれも軽やかに踊り、光あふれる色彩が弾けます。

 

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安心の返品保証

ご購入時の安心材料として、30日以内の返品受付、返品保証を行っており、
もしお部屋に飾って合わない場合は30日以内の返品を受け付けております。

デュフィのご購入をご検討の方

 

~ 私たちにできること ~

 

1. 絵画購入のご相談

絵画購入について、ご質問やご不安なことはお気軽に翠波画廊にご相談ください。お支払いは、クレジットカード・お振込み・代引きなどからお選びいただけ、さらには10回分割無金利のサービスもございます。30日以内の返品保証があるので、初めての方も安心。作品はすべて額装でお届けし、配送時の保険・送料は私たちが負担させていただきます。

 

2. お部屋に合わせた絵画のご提案

「この部屋のこの場所にあう絵を探している」そんなご相談も承ります。サイズやお部屋の雰囲気、ご予算のご希望などお知らせください。1,000点以上の豊富な在庫作品から、あなたのお部屋にぴったりの1枚をご提案させていただきます。まずはお気軽にお問い合わせください。

 

3. 絵画を使った節税対策

2015年度から美術品に関する税制が変わり、取得価額が100万円未満の美術品が償却資産に出来るようになりました。経費での絵画購入をご検討の場合は、まずは翠波画廊にご相談ください。購入後の流れ、売却なども視野に入れた具体的な内容をアドバイスします。

 

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お電話でもお気軽にお問い合わせください。
TEL:03-3561-1152(平日土/10:00~18:00)

 

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ラウル・デュフィ 略歴 RAOUL DUFY

1877年 ノルマンディーのル・アーブルで、貧しいが音楽好きの一家に生まれる。
1885年 18歳のときにル・アーブル市立美術学校の夜間講座へ通い始める。
1900年 国立美術学校のレオン・ボナのアトリエに入る。ジョルジュ・ブラックと学友だった。印象派の画家モネやゴーギャン、ゴッポ、ピサロなどに影響を受ける。
1903年 アンデパンダン展に初出品。
1905年 マチスの影響を受け、フオーヴイスムに向かう。
1910年 詩人アポリネールと親交を結ぶ。ジャン・マルシャンらと構成主義の研究に打ちこむ。
1906年 サロン・ドートンヌに初出品。
1911年 ファッション・デザイナーのポール・ポワレと知り合い、テキスタイルデザインにたずさわる。
1918年 ジャン・コクトーの舞台デザインを手がける。
1921年 装飾美術家展やベルネーム・ジュヌ画廊に出品。
1925年 「シャトー・ドゥ・フランス」シリーズが国際装飾美術展にて金賞受賞。
1938年 パリ万国博覧会電気館の装飾として巨大壁画「電気の精」を描く。イラストレーター兼アーティストとして評判を得る。多発性関節炎発症。
1944年 絵画的な要索を廃して、より簡素でモニュメンタルな様式に移行する。
1952年 ヴェネチア・ビエンナーレ国際大賞を受賞。
1953年 フランス、フォルカルキエにて心臓発作のため75歳で死去。