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モーリス・ユトリロ 作品一覧
MAURICE UTRILLO

ユトリロの希少な油彩画やグワッシュ、生前のオリジナル版画や挿画本からの作品などを取り揃えご紹介しております。
真贋には細心の注意を払ってお客様にご案内しております。掲載作品は翠波画廊で現品をご覧いただけます。


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モーリス・ユトリロの生涯

 


 

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パリの街を詩情豊かに描く人気作家

 

モンマルトルで生まれ育ち、モンマルトルで生涯を終えた生粋のパリジャン、ユトリロ。
キュビズムやシュルレアリズムなど、多くの芸術運動がおこった時代を生きながら、一貫してパリの街並みを描き続けたユトリロは、その作品によって一躍人気を得、若くして画家として成功をおさめました。しかし、その成功とは裏腹にアルコール依存や精神病で入退院を繰り返し、その生涯は悲劇に満ちたものでした。

エコール・ド・パリの画家たちの中でも最も早く、すでに大正末期には日本に紹介され、これまで多くの展覧会が開催されるなど、パリの街を詩情豊かに描くユトリロは今なお強く愛され続けています。

時代による作風の変遷

パリの風景を描くユトリロですが、その作品は時代によって分類されます。

 

1904~08年 モンマニ―の時代
1910~14年 白の時代
1920~55年 色彩の時代

 

「白の時代」が有名で人気もあり、現在の価格的にも高くなっていますが、ユトリロは生涯を通してパリを描き続けました。
その時代ごとに良い作品が残っています。

 

ユトリロの生涯と作品
1883年 12月26日、マリー=クレマンティーヌ・ヴァラドン(シュザンヌ)の息子としてパリ18区ポトー通り8番地で生まれる。
1898年 コレージュ・ロランに入学するが、中退、職を転々とする。
1904年 アルコール中毒のため、パリのサン=タンヌ病院に入院する。4ヶ月後、モンマニイの家に移り、最初はデッサン、その後本格的に絵を描き始める。

 

1904~08年 モンマニ―の時代

 

アルコール依存で入院したことをきっかけに絵を描き始めたユトリロが、
退院後に祖母と共に暮らしたパリ郊外のモンマニ―の風景を描いていた時代。

 


1905年 特にモンマニーとパリのセーヌ河岸を描く。
1908年 印象派(シスレー、ピサロ)の影響を受け、糊や砂とともに石灰石やセメントを黒、ジンクホワイト、イエローオーカー、ウルトラマリン、マッダレーキといった限られた絵の具に混ぜてマチエールを創る。
1909年 作品が初めて画商のルイ・リボードに売れる。

 

1910~14年 白の時代

 

ユトリロが最も画家として充実していた時代。
“白の時代”と呼ばれる所以は、絵の中に白い建物が多く描かれているから。
この白を強調するためにパリの街中に落ちている建物の漆喰を絵具に混ぜていたともいわれています。
この5年間に500点もの絵を描き、評価を高めていきました。

代表作「ヴィルタヌーズの教会」

 


1910年 カッペルレ兄弟とポール・ガリマールがユトリロの作品を複数買う。
1914年 3月2日、ホテル・ドルオーでの競売会「熊の皮」で、ユトリロの作品が初めて高値で売れる。パリのモン=スニ通り33番地でカフェを経営していたゲイ親父の所に泊まり数週間で数点の傑作を制作。「白の時代」の絶頂期。
1919年 ユトリロの重要な作品による展覧会がパリのルプートル画廊で開かれる。

 

1920-55年 色彩の時代

 

“白の時代”を経て、経済的にも豊かになったユトリロは高価な絵具を使うようになり、
色鮮やかな色彩を使った穏やかな印象の絵を描いた時代。

 


1921年 サンテ刑務所に未決勾留される。モンマルトルの丘への立ち入りを禁じられ、家族は彼をボージョレーに連れていく。葡萄園主の家でアルコール中毒の治療。フランシス・カルコが、ヌーベル・フランセーズ社から27点の絵とデッサンの図版が入ったユトリロについての研究書を出版する。
1922年 「色彩の時代」の入り口にあって、奥行きのあるハイパーリアリズムを試み始める。今までで最も強い線が、懸命に自分を奮い立たせよう、構築しようとするユトリロの衰えつつある気持ちを暗示している。

1924年

「ムーラン・ド・ラ・ギャレット(サイン入り)」 リトグラフ(石版画) 20部

 

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色彩の時代。ユトリロ自ら版を手掛け、20部限定で直筆サインを入れた希少なリトグラフ。自らを奮い立たせようとするかのような黒く強い線が魅力です。

 

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1925年 セルゲイ・ディアギレフのロシア・バレエ団のために舞台装飾をする。

1927年

「生涯と伝説」 リトグラフ(石版画) 100部

 

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1927年制作のリトグラフ「生涯と伝説」挿画本。ユトリロゆかりの場所が描かれ、モノクロの画面からもユトリロ世界の色彩が感じられるほど味わい深い小品。

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1928年 8月1日、レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ章と教育功労章を授与される。
1931年頃 「ノルヴァン通り」油彩
1935年 4月8日、リュシー・ポーヴェルと結婚式をあげる。
1938年 4月7日、シュザンヌ・ヴァラドンが死去する。

1947年

「モンマルトル・ベキュ」リトグラフ(石版画) 240部

 

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モンマルトル・ベキュとは、” 過ぎし日のモンマルトル”の意味。ユトリロとパリが最も輝いていた1910年代に愛惜を込めて描いたリトグラフ集。

「モンマルトルベキュ」作品一覧ページ >>


1950年

「幻の村」ポショワール 490部

 

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著者ジャン・ヴェルテックスの書いた第一次大戦後の1920年~50年までの30年間、モンマルトルに集まった芸術家たちの人間模様などが綴られた年代記風の物語にユトリロが12点のポショワールによる挿画を入れた豪華な画文集。モンマルトルを愛したユトリロの代表的な挿画本のひとつ。
ポショワールならではの温かみのあるマチエールと色彩の時代に描かれ明るい色調の作品で、晩年のユトリロが絵を描くことによって心の安らぎを得られたであろう心情が投影された優しい作品です。

 

幻の村」作品一覧ページ >>


ポショワールとは・・・

 

ステンシルの一種。一色一色の型付き板をつくり、それを用紙にあてがい、型板の孔から刷毛で色を刷り込んでゆく手仕事。フランスでは児童の美術教材に使われることがある。合羽版と似ている。


1955年

「パリキャピタル」リトグラフ 197部

 

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ユトリロとしては珍しい、パリの旧所名跡を描いたリトグラフ集。
“ルマーク”というリトグラフの余白部分に版上マークが刷られている。ルマークはカラーリトグラフ10枚それぞれ違うモチーフ。ルマークが入っている作品は197部のうち25部限定。

「パリキャピタル」作品一覧ページ >>


10月17日、パリ市から金メダルを授与される。テルトル広場で、サシャ・ギトリィ監督の映画「もしパリが私に物語っていたなら」に出演する。
11月5日、モーリス・ユトリロはダックス(ラーンド県)で死去する。

1956年

「ユトリロⅤ」リトグラフ 197部

 

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ジャン・コクトーやアンドレ・モロワによるユトリロについて書かれたテキストと、ユトリロの母であるシュザンヌ・ヴァラドンの版画なども含むユトリロの代表的なリトグラフ集。カラーリトグラフ7枚のほか、モノクロリトグラフなどを含む。刷はムルロー工房(現イデム・パリ)。

「ユトリロV」作品一覧ページ >>

 


 

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「ノルヴァン通り」の版画について

 

フランスの個人コレクションに収蔵されているユトリロの1931年頃に描かれた代表作を、ユトリロの著作権継承者、故 ジャン・ファブリス氏の監修のもと、パリの歴史あるムルロー工房(現イデム・パリ)で、摺師、レイモン・レオ氏により制作されたリトグラフです。

20版20色を使用することにより、ユトリロの複雑な色彩とマチエールの再現につとめ、ジャン・ファブリス氏の自筆サインを入れ、史上初めて発行されたものです。

 

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翠波画廊での取り扱い作品

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ユトリロの著作権継承者であり、鑑定家でもある 故ジャン・ファブリス氏と後継者のセドリック・パイエ氏

翠波画廊では、油彩やグワッシュなどの肉筆画は、鑑定書付きのものだけをご紹介しております。
ユトリロの原画は、ユトリロの著作権継承者であり、鑑定家でもあったジャン・ファブリス氏が2015年11月に亡くなってからは、長年ファブリス氏の秘書を務めたセドリック・パイエ氏が後継者として鑑定を引き継いでいます。
晩年ファブリス氏は、セドリック氏と二人で意見をすり合わせ、時には見解の相違を話し合うなどして連名で鑑定書を書いていました。

 

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「ヴィルタヌーズの教会」油彩 15号

故ジャン・ファブリス氏と後継者のセドリック・パイエ氏連名の「ヴィルタヌーズの教会」鑑定書

 

 

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故ジャン・ファブリス氏編纂のカタログレゾネに準ずる作品集

翠波画廊では、生前のオリジナル版画や挿画本からの作品を多数ご紹介しております。

 

 

カタログレゾネについて>>
挿画本とは>>

 

 

ユトリロの値段について『「値段」で読み解く 魅惑のフランス近代絵画』(幻冬舎刊)より一部抜粋

 

ユトリロといえば「白の時代」が有名で人気もあり、価格的にも高くなっていますが、それ以外の時代の作品にも良いものは多いです。 ただ、ユトリロほど、絵の良し悪しが値段に反映される画家は少ないと思います。建物が遠近感と立体感を伴って、堅牢にそこにあるかのように立っている絵は評価も高く人気があります。

 

1913年からは経済的にも恵まれ高価な絵具を使用するようになり「色彩の時代」へと画風が変わっていきます。

 

白の時代では心に秘めた寂しさを投影するような、それが見るものに強く訴えかけてくる険しさがありましたが、色彩の時代に入ると鮮やかな色彩を使った穏やかな印象の絵に変わっていきます。

 

私は、この時代以降の作品からは、ユトリロが描くことの楽しさに目覚めたような自由さを感じます。それ以降もユトリロは画風を変え、生涯絵を描き続けました。

 

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もっと詳しく知りたい方は・・・

 

『「値段」で読み解く 魅惑のフランス近代絵画』(幻冬舎刊)

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翠波画廊では、ミロ作品の買取も行っております。ミロ作品の売却をお考えの方は、ご相談ください。
買取査定は無料です。メール、電話などお気軽にお問い合わせください。

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モーリス・ユトリロ 略歴
MAURICE UTRILLO

1883年 12月26日、マリー=クレマンティーヌ・ヴァラドン(シュザンヌ)の息子としてパリ18区ポトー通り8番地で生まれる。
1898年 コレージュ・ロランに入学するが、中退、職を転々とする。
1904年 アルコール中毒のため、パリのサン=タンヌ病院に入院する。4ヶ月後、モンマニイの家に移り、最初はデッサン、その後本格的に絵を描き始める。

190408 モンマニ―時代

1905年 特にモンマニーとパリのセーヌ河岸を描く。
1908年

印象派(シスレー、ピサロ)の影響を受け、糊や砂とともに石灰石やセメントを黒、ジンクホワイト、イエローオーカー、ウルトラマリン、マッダレーキといった限られた絵の具に混ぜてマチエールを創る。

1909年

作品が初めて画商のルイ・リボードに売れる。

191014 白の時代

1910年 カッペルレ兄弟とポール・ガリマールがユトリロの作品を複数買う。
1914年

3月2日、ホテル・ドルオーでの競売会「熊の皮」で、ユトリロの作品が初めて高値で売れる。パリのモン=スニ通り33番地でカフェを経営していたゲイ親父の所に泊まり数週間で数点の傑作を制作。「白の時代」の絶頂期。

1919年

ユトリロの重要な作品による展覧会がパリのルプートル画廊で開かれる。

192055 色彩の時代

1921年

サンテ刑務所に未決勾留される。モンマルトルの丘への立ち入りを禁じられ、家族は彼をボージョレーに連れていく。葡萄園主の家でアルコール中毒の治療。フランシス・カルコが、ヌーベル・フランセーズ社から27点の絵とデッサンの図版が入ったユトリロについての研究書を出版する。

1922年

「色彩の時代」の入り口にあって、奥行きのあるハイパーリアリズムを試み始める。今までで最も強い線が、懸命に自分を奮い立たせよう、構築しようとするユトリロの衰えつつある気持ちを暗示している。

1925年

セルゲイ・ディアギレフのロシア・バレエ団のために舞台装飾をする。

1928年

8月1日、レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ章と教育功労章を授与される。

1935年

4月8日、リュシー・ポーヴェルと結婚式をあげる。

1938年

4月7日、シュザンヌ・ヴァラドンが死去する。

1955年

10月17日、パリ市から金メダルを授与される。テルトル広場で、サシャ・ギトリィ監督の映画「もしパリが私に物語っていたなら」に出演する。

11月5日、モーリス・ユトリロはダックス(ラーンド県)で死去する。

 

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    作品に相応しい額を付けていますがご希望があれば交換も可能です。
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