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印象派はなぜこれほど有名になったのか?
~『画商が読み解く 西洋アートのビジネス史』より

昨年12月23日に全国書店で一斉発売された翠波画廊代表・髙橋芳郎の新刊『画商が読み解く 西洋アートのビジネス史』、おかげさまでご好評をいただいています。
未読の方向けに、今回は書籍の内容を一部抜粋してお届けします。
この本は344ページあるのですが、当初は400ページ以上になってしまい、編集段階でかなり原稿を削除しました。ここでは特別に削除する前の元原稿のかたちでお見せします。
ご紹介するのは、198ページからの第一回印象派展にまつわる記述です。
書籍をお持ちの方はどこがどう変わったのかを見ると面白いかもしれません。

第一回印象派展の衝撃

クロード・モネ《印象、日の出》
1872年、マルモッタン美術館、パリ

1874年、「画家、版画家、彫刻家等、芸術家の共同出資会社」による、サロンから独立したグループ展覧会(印象派展)が開かれます。
この第一回印象派展には30名の芸術家が165点の作品を展示しました。期間はサロン開催の2週間前から1か月間で、サロンの向こうを張ったものだと考えられます。開催場所はバティニョール派の写真家ナダールのアトリエでした。
展覧会の評判はさんざんでした。批評家のルイ・ルロワは風刺新聞「ル・シャリヴァリ」で、架空の風景画家ヴァンサンとの対話というかたちで、展覧会がいかに前衛的で、絵画の常識にのっとっていないかを評しています。
たとえば、モネ《印象、日の出》を見て架空の画家ヴァンサンは次のようにうめきます。
「あのキャンバスは何を描いたものかね? 何という自由さ! 何というお手軽さ! 出来かけの壁紙の方があの海景画より仕上がっている」

モネ《印象、日の出》に表現された先進性

エドゥアール・マネ《オランピア》
1863年、オルセー美術館、パリ

たしかにモネ《印象、日の出》は、古典主義絵画と比べてみれば、雑でいいかげんに描かれているように見えます。水面の波や太陽の照り返しは筆の一刷きで表現されていますし、背景の建造物は何を表しているのか判然としません。
印象派の絵のユニークさは、あえて細かく描きこまないことで、ぱっと見の印象を的確にとらえていることにあります。
古典主義の絵画のように丁寧に描けば写真のように描くことはできますが、私たちの眼はいつでもそのようにじっくりと対象を観察しているわけではありません。
どちらかといえば、ぱっと見て印象だけをとらえて次のものに移っているのではないでしょうか。その意味では、印象派的な描き方のほうが、私たちが実際にものを見るかたちに近いのです。
また、古典主義のような丁寧な描写には技術が必要ですが、タッチの少ない描き方で印象をとらえるのにも別種の技術が必要です。うまい人が描けば線が少なくても何を描いているかがわかりますが、下手な人だとただの線にしか見えないのと同じです。


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セザンヌ《モデルヌ・オランピア》の破壊力

ポール・セザンヌ《モデルヌ・オランピア》
1873-1874年、オルセー美術館、パリ

しかし、形態への忠実さを誇る老画家ヴァンサンには、印象派の描き方が理解できません。さんざん理解に苦しむ絵を見たのちに、セザンヌ《モデルヌ・オランピア(現代のオランピア)》を見た彼はついに発狂して踊りだしてしまいます。
《モデルヌ・オランピア》は、マネの《オランピア》に対するセザンヌのオマージュです。壊れてしまったヴァンサンに代わって批評家ルロワは《モデルヌ・オランピア》について次のように語ります。
「ああ、この絵を見てほしい! 体を二つ折りにした女から、黒人の女が、最後のヴェールを引き剥がし、茶色い操り人形の魅入られた視線に彼女の醜さをさらけ出そうとしている。あなたはマネ氏の《オランピア》を覚えておいでだろうか? いやはや、あれは、このセザンヌ氏の作品に比べれば、デッサン、正確さ、仕上がりにおいて傑作であった」
セザンヌ《モデルヌ・オランピア》は、その要素だけを見ればたしかにマネ《オランピア》と同じものが描かれています。
白いベッドに横たわる裸の娼婦、彼女の世話をする黒人メイド、花束と黒猫。さらに《オランピア》では慎み深く隠されていた、買春に来た男性客までもがしっかりと描写されています。
マネの絵ではそこまではっきり明示されていなかったのですが、セザンヌの絵ではもはや彼女が女神ではなく娼婦であることは火を見るよりも明らかです。
そのうえ、セザンヌの描き方は実に乱暴で、マネ《オランピア》がまがりなりにもサロン入選作であったことがよくわかります。

「印象派」の名前は蔑称だった?

ルロワのよくできた批評はたいへんな話題になり、以降、彼らに対しては「印象派」の名前が定着します。
「印象派」の名前が当初は蔑称であったとよく言われますが、「印象しかない」という批判と「印象をよくとらえている」という称賛の両方の意味があり、当事者自身も喜んで自分たちは「印象派」だと名乗ったふしがあります。
当時、印象派がどれだけの衝撃を与えたかについては、NHKの音楽美術番組「びじゅチューン!」の動画『検証・モネの筆』にもよく表れています。

[びじゅチューン!] 検証・モネの筆 | NHK

詳しくはこちら>>

今回のコラムの内容に興味を持たれた方は、
髙橋芳郎『画商が読み解く 西洋アートのビジネス史』もぜひご覧ください。

詳しくはこちら >>


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