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『エコール・ド・パリ殺人事件』ってなに?
~美術評論と推理小説の出会い

書籍『エコール・ド・パリ殺人事件』は、作家・深水黎一郎が2008年に発表した小説で、その年の『本格ミステリベスト10』で9位に選ばれています。
ミステリーファン以外にはあまり知られていないかもしれませんが、深水黎一郎は日本推理作家協会賞や酒飲み書店員大賞も受賞しているベテランで、2016年には『本格ミステリベスト10』で堂々の1位にも輝いています。
『エコール・ド・パリ殺人事件』は、エコール・ド・パリの絵画と殺人事件、そして画商の世界が複雑にからみあった佳作で、絵画好きにはぜひ読んでもらいたい本格推理小説です。

銀座の老舗画廊のオーナーが殺された?

深水黎一郎
『エコール・ド・パリ殺人事件』講談社文庫

本格推理小説とは、密室での殺人事件などのミステリーがあり、その犯人を読者が推理して、探偵が最後に謎の答えを明かす趣向の小説を指します。
『エコール・ド・パリ殺人事件』も例外ではなく、物語の冒頭で銀座の暁(あかつき)画廊のオーナー暁宏之が、鍵のかかった自室内にて死体で発見されます。部屋にはほかに人影はなく、ヴェルディのオペラ『オテロ』だけがそらぞらしく流れていました。
屋敷内にいたのは宏之の他には妻の龍子、小学生の娘の彩菜、執事の朝倉、家政婦の桃山、作男の勘平の5人です。コレクション・ダカツキと呼ばれたエコール・ド・パリの名画がそこら中に飾られた暁の屋敷では、防犯のために庭にドーベルマンが放し飼いにされていましたが、その犬も毒を盛られて殺されていました。
宏之の部屋の窓の下には不審な足跡が発見されましたが、その窓には内側から厳重に閂がかけられていて、完全な密室となっていたのです。
容疑者はたくさんいますが、いずれも決め手に欠け、密室の謎も解けません。
たとえば、ライバルの川中画廊の川中裕介は宏之に対する敵意があったようですし、宏之の弟は五年前に相続問題で揉めて独立し、自らの画廊≪オーロール≫を開いています。
それだけなら普通のミステリー小説と変わらないのですが、『エコール・ド・パリ殺人事件』を特にアート好きにおすすめする理由は、被害者である暁宏之の書いた『呪われた芸術家たち』(レザルティスト・モウディ)というエコール・ド・パリ論にあります。本文中に何度も抜粋されているその論文が、謎を解くための大きなヒントになっているのです。


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被害者はエコール・ド・パリをコレクションしていた

「ル・ドーム・モンパルナス」
1920年代エコール・ド・パリの
画家たちが集ったことで有名

たとえば論文の序章において宏之は次のように記します。
「知らない人にエコール・ド・パリを理解してもらうことは非常に難しい。その理由は明白で、彼らの絵画が、ほぼ一人一派と言えるほど、それぞれがあまりにも大きく異なっているからだ」
「従ってエコール・ド・パリを定義づけようとすると、どうしても次のような、奥歯にものが挟まったような長ったらしい言い方にならざるを得ないのである。すなわち第一次世界大戦を挟んで1910年頃から20年代に、パリを中心に花開いた国際的美術の一派であり、そのほとんどが外国人で、モンパルナスにあった、フランス語で『蜂の巣』を意味する≪ラ・ルッシュ≫という長屋兼アトリエに住みつき、それぞれ貧困や痼疾の病と戦いながら、己の芸術を追い求めた画家たちの集団である――と」
これは、エコール・ド・パリについての秀逸な説明にもなっています。

ユトリロ『モンマルトルベキュ:
ムーラン・ド・ラ・ギャレット』
詳しくはこちら >>

作中でエコール・ド・パリの画家として名指されるのは次の14人です。
フランスのユトリロとローランサン、イタリアのモディリアーニ、オランダのヴァン・ドンゲン、ポーランドのキスリング、ブルガリアのパスキン、ウクライナのアーキペンコ、リトアニアのリプシッツとスーチン、ベラルーシのシャガールとザッキンとキコイーヌ、日本の藤田嗣治と佐伯祐三……たしかにそのほとんどが外国人です。
また、ロシアの軍事侵攻でメディアに名前がよく上がるようになったウクライナやベラルーシやリトアニアの画家がおおぜいいます。エコール・ド・パリにはユダヤ人が多かったと言われますが、東欧の芸術家も多かったのです。
作者の深水黎一郎はフランスに留学してブルゴーニュ大学で修士号、パリ大学で博士課程を修了し、帰国後は大学教員もしていたほど教養が深く、作中論文で披露されるエコール・ド・パリのうんちくだけでもそうとう興味深く読むことができます。

密室殺人事件の犯人は誰か?

小説の主な語り手となっているのは、捜査一課の海埜(うんの)警部補です。また、海埜の上司である大癋見(おおべしみ)警部がコメディーリリーフとして場を和ませてくれます。『古畑任三郎』における今泉慎太郎の役割ですね。
そして、海埜の甥でありパリ大学から帰国してきた神泉寺瞬一郎が名探偵役として最後に謎解きを行います。神泉寺をホームズとするなら、海埜はワトソンのようなものです。
このように『エコール・ド・パリ殺人事件』は絵画のモチーフを身にまとった本格推理小説ですが、作者が仕掛けた罠を見抜くのは難しく、探偵の種明かしの前に真実にたどりつくことはなかなか困難です。
ミステリー好きはもちろん、ふだんはミステリーを読まないアートファンにも手に取ってもらいたい本です。

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