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芸術か?猥褻か?公共の益を考える
~少女の性器を描いたバルテュス《ギターレッスン》を購入した美術館

 

2017年12月、ニューヨークのメトロポリタン美術館が展示するバルテュス「夢見るテレーズ」に対し、「幼い少女がセックスを暗示するポーズをとっている」として、撤去もしくは注意書きを求める運動がありました。

これには1週間で1万人の署名が集まりました。2018年3月には百貨店「池袋マルイ」で開催予定だった「ふともも写真の世界展」が直前で中止になりました。
若い女性の太もも写真が持つ性的な意味合いに、「多くの人が集まる百貨店に相応しくない」とクレームが寄せられたのが理由のようです。
マルイは続けて開催予定だった「百合展」の中止も決めました。こちらは女性同士の愛情をテーマにした作品の展示会でした。

近年、公共の場における性的表現に対する規制が強まってきています。
私たちはこの問題について、どのように考えるべきでしょうか?

 

問題とされたバルテュスの「夢見るテレーズ」は、中学生くらいの少女が、椅子に腰かけて目を閉じて足を広げて、スカートの中の下着をさらしている様子を描いた絵です。胸や性器や陰毛が露わに描かれているわけではありませんが、幼い少女が官能的なポーズをとっていることが、公共の場に相応しくないと受け取られたようです。

 

バルテュス 「夢見るテレーズ」 1936年 油彩

 

この問題を考えるときにポイントになるのは、「公共」の定義です。
バルテュスの作品は、一部の人に不快感を抱かせたのかもしれませんが、同時に、別の一部の人には好ましく受け取られてきました。だからこそ、芸術作品として賞賛の対象になり、公的な美術館の収蔵作品となっています。そして何十年にもわたって多くの観客に鑑賞されてきました。

ちなみにバルテュスは幼い少女をモチーフとする作品を多く描いていますが、中には売名を狙った、もっとえげつない作品もあります。
例えば1934年に描かれた「ギターレッスン」は、幼い少女が女教師から性的な折檻を受けている絵で、スカートをめくられた少女の無毛の性器や女教師のはだけた乳房が描かれています。
「ギターレッスン」は、一度はニューヨーク近代美術館(MoMa)に収蔵されたものの、来場者から反発が起きて、4年後に売却されました。
つまり、公共の美術館に相応しいか相応しくないかの基準ラインは確かにどこかにあります。そのラインは、以前に比べて厳しくなってきているようです。

バルテュスの騒動を受けてかどうかはわかりませんが、2018年1月、イギリスのマンチェスター市立美術管でも絵画の撤去がありました。撤去されたのはジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの絵画「ヒュラスとニンフたち」で、ギリシャ神話を題材に、裸の女性の姿をした精霊を多数描いています。

 

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス「ヒュラスとニンフたち」 1896年 油彩

 

この作品の撤去は、来場者の抗議によるものではなく、現代美術家ソニア・ボイスと美術館が組んだパフォーマンスでした。
ソニア・ボイスは美術館を乗っ取って作品を撤去するパフォーマンスを行い、美術館は、公共の美術館の作品の展示に対しての議論を促進する目的があったと言います。実際、撤去後の壁には、これに対する意見を求める声明が貼られました。

芸術の世界では、古代より半裸の男性や女性が何度も描かれてきており、その肉体美を否定することは難しいでしょう。
一方で、日本には「わいせつ物頒布等の罪」があり、公共の場にわいせつな文書や図画などを公然と陳列することが禁じられています。似たような法律は、大なり小なりどこの国にもあるでしょう。そして、実際に「芸術作品」が検閲を受けた例もいくらでもあります。

例えば1901年には、展覧会に出品された黒田清輝の絵画「裸体夫人像」は、胸から下半身にかけて布で覆うかたちで展示されました。
新しいところでは2014年、愛知県美術館の「これからの写真」展で、男性器が写された鷹野隆大の写真に対して警察から撤去が指導され、布などで該当箇所を隠すことになりました。

問題は、その作品が芸術か猥褻かではありません。
芸術と猥褻の領域はしばしば重なり合うもので、一つの作品が二つの領域にまたがることもあります。例えば、江戸時代の春画は猥褻目的で作られましたが、現在では美術品の扱いです。
だからといって、見る人の快不快を基盤に基準を作ることもできません。ある人にとっては快であるものが、別の人にとっては不快になることも当然あり得るからです。バルテュスの「夢見るテレーズ」は、そのようなものと位置付けることができます。

ポイントになるのは、公共の場の定義です。公立美術館は公共の場ともいえますが、入場料を支払った者だけが入場できる、限定された空間でもあります。公園や市役所とは違うのです。
そもそも芸術には社会の常識を揺るがす力が期待されているはずです。それを考えれば、美術館の中でくらい、多少の治外法権は許されてもよいのではないかと思います。

 

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